公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 10話

~1時45分~

 

濡れた身体が乾く間もなく、シーツの海へと沈み込む。

バスルームのときよりも激しいキス。

今日の歩さんは、なんだかいつもより余裕がないみたいだ。

(これも「紫の下着」効果?)

(じゃなかったら、こんな感じにならないんじゃ…)

東雲歩

「…なに」

「上の空だね、ずいぶんと」

結衣

「そんなこと…」

「あ…っ」

弱い部分をこすられて、喉の奥から声が洩れた。

東雲歩

「集中」

結衣

「してます。ほんとに…」

東雲歩

「だといいけど」

今度は、軽く歯をたてられた。

やっぱり、今日の歩さんは少し乱暴だ。

(こういう歩さんも嫌いじゃないけど…)

バスルームでいろいろあったあとの、ベッドの上なのだ。

(もうちょっと、ゆっくりのほうがいいな)

(もっと…歩さんのこと、感じられるような…)

結衣

「あの…」

東雲歩

「なに?」

結衣

「ちょっと、ギュッとしてもいいですか?」

東雲歩

「???」

「ぎゅっ?」

結衣

「ええと、こんな感じで…」

歩さんの首筋に手をまわして、抱きしめるように引き寄せる。

そのままギュウ…っと力をこめると、私は大きく息を吐きだした。

(ああ…やっぱり…)

(こうしてくっついてるの、好きだな)

東雲歩

「……」

(あったかいし、歩さんのにおいがするし)

(なんだか、すごくホッとするっていう確認…)

東雲歩

「好きだよね、キミ。こんなふうにくっつくの」

「補佐官だった頃も、寝ぼけてオレの背中に抱きついたりして」

(そんなの…)

結衣

「当然じゃないですか」

「大好きな人にくっついていると、幸せな気持ちになれますから」

東雲歩

「……バカ」

どこか強ばっていた歩さんの肩から、ゆるゆると力が抜けていく。

その分、重たくなった歩さんの身体。

でも、その重さが今はなんだか心地いい。

東雲歩

「やば…消えそうなんだけど」

「性欲的なものが」

結衣

「そ、それはちょっと…!」

東雲歩

「だったら、あおってよ。キミが」

(うっ…)

東雲歩

「キミのせいじゃん」

「キミが、途中でストップかけたんだから」

(た、たしかに…)

結衣

「すみません、でも」

「こうしてくっついているの、結構好きで…」

東雲歩

「嫌いじゃないよ、オレも」

結衣

「え…」

東雲歩

「気持ちいいし。これはこれで」

「ただ、キミよりもう少し欲があるだけ」

(歩さん…)

結衣

「じゃあ、その…」

「もうちょっとだけギュウギュウしたら、頑張ります」

東雲歩

「できるの?」

結衣

「たぶん…紫の下着、もう一回つけなおせば…」

「歩さんも、きっとまたムラムラと…」

東雲歩

「違うから!」

「下着は誤解だって」

結衣

「誤解じゃないです。今日、確信…」

「ひゃっ」

(待っ…)

(そこ撫でるの、反則…っ)

東雲歩

「証明するから」

「下着は関係ないってこと」

(えっ、ちょっ…)

(嘘ーー!?)

 

結衣

「……」

「……………」

(なんだろう…この感じ…)

(身体が怠いような、ふわふわしているような…)

耳を澄ますと、静かな雨音が聞こえてくる。

外はまだ雨が降り続いているようだ。

東雲歩

「…寝ないの?」

(あ…)

東雲歩

「寝てるじゃん。いつもは」

「終わったあと、グースカいびきかいて」

結衣

「かいてませんよ。…たぶん」

反論する声に力が入らないのは、自信がないから。

それに、まだふわふわした状態が続いていたからだ。

東雲歩

「起きてるなら、見る?」

「面白いもの」

(面白いもの?)

東雲歩

「ちょっと退いて」

歩さんは身体を起こすと、リモコンのようなものを手に取った。

東雲歩

「見て。天井」

結衣

「はぁ…」

(天井に何が…)

結衣

「え…」

スイッチ音とともに、天井で白い光が瞬いた。

結衣

「これって…星…とか?」

東雲歩

「そう」

「家庭用プラネタリウム

結衣

「自分で買ったんですか?」

東雲歩

「まさか」

「ビンゴの景品。結婚式の二次会の」

(あ、なるほど)

東雲歩

「とりあえず『春の夜空』は…」

カチカチ、と音がして、星空が切り替わった。

東雲歩

「これだね」

「知ってる星座は?」

(ええと…)

結衣

「あれ…あのひしゃくの形をしたの、北斗七星ですか?」

東雲歩

「そうだね。ほかには?」

(他…)

結衣

「…わからないです、それくらいしか」

東雲歩

「あっそう。まあ、オレも同じだけど」

「いちおう『春の大三角形』とかあるらしいよ」

結衣

「そうですか。あのへんかな…」

「えっ」

(今、流れ星っぽいのが流れたような…)

結衣

「!」

(まただ!)

北斗七星の横を、スッと横切った白い輝き。

その動きは、どう見ても「流れ星」のそれでーー

結衣

「歩さん、今の…」

東雲歩

「言えば?キミの願い事」

(やっぱり!じゃあ…)

手を組み、流れ星が出現するのを待つ。

三度目の星は、天井の真ん中あたりからフッと現れた。

結衣

「『痩せる』『一人前の公安刑事』…」

「『歩さんとラブりゃ』…」

東雲歩

「ハイ、残念」

「間に合ってないし。噛んでるし」

(うっ、そうだけど…)

結衣

「いいんです。3つ目はちゃんと言えなくても」

「さっき叶えてもらいましたから。歩さんに」

東雲歩

「……」

「…………バカ」

歩さんは、片膝を抱え込んだまま、ふいっと顔を反対側に向けた。

東雲歩

「お手軽すぎ」

「もう満足とか。あの程度で」

(え…)

東雲歩

「……」

(あれ、なんだか様子が…)

(ええっ)

(ま、まさかのアンコール!?)

想定外の事態に、思わずギュッと目をつぶった。

 

なのにーー

東雲歩

「ふわぁ…」

「ダメだ。眠い…」

「アラーム、セットしないと」

(……ハイ?)

 

恐る恐る目を開けると、歩さんはスマホを操作していた。

どうやら、本当にこのまま眠るつもりのようだ。

(…なんだ、びっくりした)

(そりゃ、その…頑張れなくはないけど…)

(明日はお休みじゃないし、そもそもさっきのも、その…)

(すごかったというか、いろいろ体力を消耗したというか…)

東雲歩

「…完了」

「これ、そこの充電器につないでおいて」

結衣

「了解で…」

(えっ、この待受画面って…)

結衣

「歩さん、これ!」

「この写真、今朝の満員電車の…」

東雲歩

「んーなんのこと?」

結衣

「とぼけないでください!」

「この写真、決してくださいって言ったじゃないですか!」

東雲歩

「んー眠…」

結衣

「寝ちゃダメです!起きてください!」

(…そうだ!)

結衣

「歩さん、『紫』です!」

「ここに『紫の下着』が…」

東雲歩

「興味ない…」

結衣

「ダメです、歩さん!興味もって!!」

必死に揺さぶる私の頭上で、人工の星が流れていく。

星に願いを。

大好きな人に、甘いーーを。

 

♥♥Happy End♥♥

 

 

 

24時間、東雲と一緒 9話

~22時20分~

 

星空を覆いかくした雨雲は、すぐに大粒の雨を降らしてきた。

おかげで、私たちは…

結衣

「くしゅっ!」

(うう…髪も服もぐちょぐちょなんですけど)

(まさか、こんな大雨になるなんて…)

東雲歩

「先に行ってて。部屋に」

結衣

「歩さんは?」

東雲歩

「スクーター駐めてくる」

「タオルとか、勝手に使っていいから」

結衣

「…わかりました」

 

結衣

「タオル…タオルっと…」

「あった」

棚から一枚取り出して、濡れた髪の毛を拭こうとする。

と、少しクセのある清涼な香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。

(あ…いつもの…)

(歩さんの香り…)

やわらかな生地に鼻を押しつけて、深く息を吸ってみる。

(はーいい香り…)

(このニオイを嗅ぐと「歩さん」って感じがするなぁ)

結衣

「んー」

「歩さーん…」

???

「キモ」

(うっ)

東雲歩

「怖すぎなんだけど」

「タオルのニオイを嗅ぎながら、名前を呼ばれるとか」

結衣

「い、いいじゃないですか!」

「実際、歩さんの香りがするんですから!」

東雲歩

「オレのじゃない」

「アロマオイルの香り。ユーカリの」

結衣

「私にとっては歩さんの香りです!」

「この雑菌効果が高そうなところも含めて、歩さんの…」

(あ、マズい…)

(鼻がムズムズして…)

結衣

「は…は……は……」

「くしゅんっ!」

東雲歩

「バカ!」

「さっさと拭かないから!」

結衣

「ち、違います。今のはちょっと鼻がムズムズ……」

「くしゅんっ!」

(あれ、2連続…)

東雲歩

「もういい」

「温まれ。さっさと」

結衣

「えっ、ちょ…」

 

(これって…)

結衣

「ふたりでシャワーってことですか?」

東雲歩

「違う!キミだけ!」

結衣

「じゃあ、歩さんは…」

東雲歩

「あとで入る」

「キミが終わってから」

(ええっ!?)

結衣

「ダメですよ、そんなの!」

「歩さんから先に入ってください」

東雲歩

「いいから。オレは」

結衣

「良くないですよ!歩さんだってずぶ濡れなのに」

東雲歩

「いいって」

結衣

「ダメです!」

東雲歩

「しつこい!」

威嚇するように詰め寄られて、私は後退ろうとした。

ところが、その拍子にふくらはぎが何かにぶつかって…

東雲歩

「ちょ…っ」

結衣

「うわっぷ…」

(うそ!なんでシャワーが…)

東雲歩

「バカ!退いて!」

歩さんは、私を押しのけると、すぐさまシャワー用のレバーを下ろした。

東雲歩

「バカ…ほんとバカ…」

「レバー、蹴り上げるとか…」

結衣

「すみません」

「でも、歩さんがいきなり詰めよってくるから…」

東雲歩

「それは、キミがしつこい…」

「!!」

(あれ、なんか様子が…)

東雲歩

「…とにかく、どうにかして」

「その、川からあがったばかりのかっぱみたいな格好」

(川からあがった…?)

結衣

「!!!」

(な、なにこれ…!)

ストライプのシャツに、ぺったりと貼り着いたキャミソール。

しかも、白地の部分からはうっすらと色まで透けて見えて…

東雲歩

「ほんと好きだよね、紫」

結衣

「い、いいじゃないですか!」

「歩さんだって、紫の下着、好きなくせに」

東雲歩

「は?」

結衣

「だって、紫のときは、なんかちょっとこう…」

「いつもより、いろいろしつこいっていうか……」

東雲歩

「関係ない!」

「同じだから!いつも!」

結衣

「じゃあ、きっと無意識に…」

東雲歩

「ないから!無意識も」

「ていうか、さっさと浴びろ!」

結衣

「待っ、歩さん…っ」

(…行っちゃった)

(本当にいいのかな、私が先に使っても)

とはいえ、このずぶ濡れの状態で追いかけるわけにもいかない。

(よし、ここは甘えちゃおう)

結衣

「歩さん、先にお借りします」

濡れたシャツを急いで脱ぐと、キャミソールの肩ひもに手をかける。

ふと、鏡に映った紫色を見て、先ほどの会話が頭をよぎった。

(下着の件…本当に、私の勘違いなのかな)

(歩さんは全否定していたけど、正直こう…)

(紫の下着のときって、歩さん、いつもと違う気が……)

ガタガタガタンッ!

(えっ、なに今の音)

扉一枚隔てた洗面所からの、ただごとではない物音。

私は、慌ててバスルームを飛び出した。

 

結衣

「歩さん!?なにが…」

(えっ、うずくまってる!?)

結衣

「歩さん!?大丈夫ですか!?」

東雲歩

「……」

結衣

「歩さん!?」

東雲歩

「…平気」

「ちょっとつまづいただけ」

結衣

「それだけですか?どこかケガしたんじゃ…」

東雲歩

「平気だって」

「これくらい、どうってこと…」

「!?」

ふいに、歩さんは逃げるように身体を退いた。

結衣

「歩さん?」

東雲歩

「バカ!」

「露出狂!」

結衣

「露出…?」

(ああっ!)

(そうだ…私、キャミソール姿…!)

結衣

「違うんです!これはテンパっただけで…」

「着替えている途中で、ものすごい音がしたから」

東雲歩

「だからって出てこないじゃん、ふつうは!」

「そんな下着姿で!」

結衣

「いいんです!歩さんになら見られても!!」

東雲歩

「!」

(そもそも緊急事態ならやむを得ないわけだし)

(そんなこと、気にしている場合じゃ…)

東雲歩

「……」

(あれ、なんか雰囲気が…)

東雲歩

「大胆だよね、キミこそ」

「紫の下着をつけてるとき」

(えっ)

東雲歩

「言いがちだし」

「今みたいな、誘うようなこと」

(誘う!?私が!?)

結衣

「なに言ってるんですか!」

「今のは、あくまで『緊急事態』限定の話で…」

東雲歩

「今日だけじゃない」

「わりと、これまでも」

(ええっ)

東雲歩

「…なに、自覚ないの?」

「キミこそ、無意識じゃん」

(でも、だって…)

(本当にそんなこと、言った覚えは…)

結衣

「ひゃっ」

肌に貼りついていた布地を剥がすように、キャミソールの下に手を入れられる。

湿った肌を撫でるその動きは、明らかに「そういう意図」をもったものだ。

結衣

「ま、待ってください!ここ、洗面所…」

「ん…っ」

あっという間に、唇を貪られる。

うまく息つぎができなくなるくらい、容赦なく、横暴に。

(え、ほんとにここで?)

(まだシャワーを浴びてないのに?)

戸惑う反面、流されてみたい気持ちもあった。

だって、こんな歩さん、めったに見られない。

(でも、だったら下着…ちゃんと脱がせてほしいっていうか…)

(濡れてて気持ち悪いし、風邪ひきそうだし…)

むず、と鼻の奥が反応した。

(え、待って…)

結衣

「あ、歩さん、待っ…」

「んん…っ」

(ダメ!これ、マズい…)

(このままだと、絶対…)

(絶対……っ)

結衣

「はっ…くしゅんっ!」

東雲歩

「!」

(出た…やっぱり!!)

とっさに顔を背けたので、なんとか歩さんにはかけずに済んだ。

けれども、状況としてはかなりまぬけなわけで…

東雲歩

「……」

結衣

「そ、そんな顔しなくても…」

「そもそも歩さんが悪いんですよ!」

「待ってって言ったのに、ぜんぜん待ってくれなくて…」

「グイグイ、乱暴にキッスしてきて」

東雲歩

「……」

結衣

「そりゃ、私だってちょっと流されそうになりましたけど…」

「ていうか、流されてもいいかなって思いましたけど…」

東雲歩

「……」

結衣

「やっぱりシャワー浴びたいですし」

「濡れてる下着、ちゃんと脱がしてほしいですし」

「じゃないと風邪ひいて…」

東雲歩

「…わかった」

グッとウエストを引き寄せられたかと思うと、そのまま肩に担がれた。

結衣

「えっ、あの…」

東雲歩

「脱がせてあげるし、浴びさせてあげるよ」

「好きなだけ」

(な、なんだか不穏な空気が…)

東雲歩

「ほんと…大胆だよね、キミ」

「紫の下着のとき限定で」

(違ーーう!)

(それは誤解ですってば!!)

どちらが正しくて、どちらが誤解なのか。

答えは、バスルームの扉を閉めればわかるのかもしれなかった。

 

to be continued