公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 6話

~15時45分~

 

時刻は15時。

公安学校時代なら、その日最後の講義を受けているはず。

でも、ここではーー

結衣

「はぁ…」

(資料のスクラップ、終わっちゃった)

(それにしても謎だな。スポーツ新聞のスクラップにいったい何の意味が…)

結衣

「ダメダメ!」

(意味はあるんだよ、きっと!)

(私みたいな新人にはわからない、なにか深い意味が…)

東雲歩

津軽さん、ちょっといいですか」

(あれ、歩さんだ)

(めずらしいな。こっちに来るなんて)

津軽高臣

「ハイハイ、どうかした?」

東雲歩

「先日、銀室長から指示があった紙資料のデータ化についてですけど」

「うちの班だけでは大変なので」

「そちらからも助っ人をお願いできますか?」

津軽高臣

「うーん…手伝いたいのは山々だけど、うちも忙しいんだよね」

東雲歩

「もちろん、それはわかっています」

「なので青山さんをお借りしたいのですが」

(えっ、私?)

津軽高臣

「へぇ、結衣ちゃんを」

「理由を聞かせてもらっても?」

(「理由」…歩さん、なんて答えるのかな)

(「元補佐官だから」?「指示を出しやすいから」?)

(それとも、まさか「特別だから」なんて…)

東雲歩

「大した理由じゃありませんよ」

津軽班で、今一番生産性の低い人物を指名しただけです」

(うっ、まさかのクリティカルヒット!)

津軽高臣

「なるほど、たしかにね」

「そういうことなら、好きなだけ使って生産性あげちゃってよ」

東雲歩

「ありがとうございます」

「じゃあ、行こうか。青山さん」

結衣

「は、はぁ…」

(でも、久しぶりに歩さんとお仕事できるわけだし)

(なんなら、教はずーっと資料室でふたりきりでも…)

 

ドサドサドサッ!

東雲歩

「それじゃ、あとはよろしく」

結衣

「えっ?」

「待っ…あゆ…」

「じゃなくて、東雲さん!」

「うそ…」

(この山積みの紙資料を、ひとりで?)

ひたすらスキャニングするわけ?)

(そんなの…)

結衣

「ありえないんですけどーー!」

(って、誰か来た!?)

(もしかして、歩さんが戻って…)

(あ、違った)

結衣

「おつかれさまです」

百瀬尊

「……」

結衣

「あの、なにか?」

百瀬尊

「追加の資料だ」

ドサドサドサドサッ!

(うそっ)

百瀬尊

「それと…」

「明日から津軽さんのコーヒーはいらない」

「オレが淹れる」

結衣

「??はぁ…」

(それは有り難い…)

(じゃなくて!)

結衣

「待ってください!これ、全部私ひとりでやるんですか?」

百瀬尊

「当然だ」

「オレの仕事じゃない」

(そりゃ、そうだけど…)

結衣

「はぁ」

(…結局ひとりか)

(仕方ない。できるだけ早く終わらせよう)

とはいえ、追加資料が加わったことでゴールはますます遠のいて…

 

1時間後ーー

結衣

「はぁぁ…」

 

(これ、定時までに終わらないかも)

(でも、かなり勉強にはなるよね。捜査資料、見放題で…)

結衣

「…ん?」

(また誰か来た)

(でも、どうせ私には関係ない…)

東雲歩

「え、まだそれだけ?」

(歩さん!)

東雲歩

「なにこれ」

「まさか居眠りしてたんじゃ…」

結衣

「してません!ずーーーーっと仕事してました!」

東雲歩

「そのわりに減ってないけど」

結衣

「それは、途中で資料が追加になったせいです!」

「歩さんに頼まれた分は、半分以上終わってます」

(それより…)

結衣

「歩さんこそ、どうしてここに来たんですか?」

東雲歩

「は?」

結衣

「もしかして、その…」

「私のことが気になって…とか…」

東雲歩

「ないから。99.9%」

結衣

「じゃあ、0.1%は有り得るってことですね!」

東雲歩

「それもない」

「兵吾さんに頼まれた資料を取りに来ただけ」

結衣

「うっ」

(だったら、最初から100%って言ってくれれば…)

東雲歩

「で、いつ終わるの。それ」

結衣

「定時は厳しいです。たぶん1~2時間は産業しないと」

東雲歩

「ふーん…」

結衣

「でも、これはこれで有りかなって」

「スポーツ新聞のスクラップよりは勉強になりますし」

東雲歩

「……」

結衣

「たとえば、この事件とかすごいんですよね」

「実行犯を突き止めるまでの経緯とか、すごく今後の参考に…」

東雲歩

「85点」

(えっ)

東雲歩

「マイナスは作業効率が悪い分」

「キミなら、もっとテキパキできるはずだけど」

「たとえ、捜査資料を見ながらだとしても」

(じゃあ、この作業を任せてくれたのって…)

(私のために?)

歩さんは、何事もなかったかのように脚立の上で資料を探している。

でも、そのそっけない後ろ姿は、なんだか公安学校時代に戻ったかのようで…

結衣

「教官…」

東雲歩

「は?」

結衣

「教官、好きです、大好きです!」

「やっぱり歩さんは、私にとって永遠の教官です!!!」

東雲歩

「は?キミ、なに言って…」

「…っ」

いきなり振り返ったせいなのか。

脚立の上の歩さんの身体が、ぐらりと大きく傾いたように見えた!

結衣

「危ない!」

とっさに落下地点に滑りこんで、落ちてくる歩さんを受け止めようとする。

ところが、勢いあまって…

結衣

「ぎゃっ!」

ゴツッ!

結衣

「痛っ…」

(うう…脚立、固すぎ…)

東雲歩

「バカ!見せて!」

(あ、教官…)

(じゃなくて、歩さん…)

東雲歩

「あり得ない」

「スライディングタックルして、頭ぶつけるとか」

結衣

「だ、だって、歩さんを助けなきゃって…」

(ていうか…)

結衣

「歩さんこそ、大丈夫ですか!?」

「脚立から落ちたんじゃ…」

東雲歩

「落ちてない。そんなヘマしないし」

「誰かさんが脚立に追突したときは、危なかったけど」

結衣

「うっ…」

(じゃあ、私の早とちり…)

東雲歩

「吐き気やめまいは?」

結衣

「ないです。おでこがジンジンしてますけど」

東雲歩

「だろうね。たんこぶになってる」

(やっぱり…)

結衣

冷却シート、もらってこなくちゃ」

東雲歩

「オレがもらってくる」

「そのかわり、この仕事は定時で終わらせて」

「じゃないとキャンセルするから。今日の予定」

(え、今日の?)

聴きかえすより先に、ぺたりと付箋を貼られた。

たんこぶができていないほうのおでこに。

(予定って、今日は何もなかったはずじゃ…)

結衣

「!」

ーー「19時、H駅南口」

結衣

「歩さん、これってデートのお誘い…」

(…行っちゃった)

(でも今、否定されなかったよね?)

結衣

「ふふ…」

「ふふふふふ…」

俄然、やる気が出てきた。

今の私なら、これまでの3倍のスピードで仕事をこなせそうだ。

結衣

「よーし、今日も定時であがるぞー!」

「って、痛たた…」

思えば、定時帰りを自ら望むのは、配属以来、初めてかもしれなかった。

to be continued

 

 

 

24時間、東雲と一緒 5話

~14時25分~

 

お昼休みも終わって、睡魔が訪れる時間帯。

結衣

「ふわぁ…」

(ダメだ、眠い)

(おかしいな。お昼ごはん、いつもより少なめだったはずなのに)

(とりあえず、眠気覚ましに…)

私は、胸ポケットからミントタブレットを取り出した。

結衣

「う、苦っ…」

(でも、このタブレット、けっこう効くんだよね)

(…うん、目が覚めてきた)

結衣

「よし、次!B国の一般紙…」

(あ、テロ組織から声明が出たっぽいな)

(ええと…この単語は…翻訳、翻訳っと…)

津軽高臣

「結衣ちゃーん、ちょっと来て」

結衣

「はい」

津軽高臣

「この青いファイルを、秀樹くんに」

「赤いファイルを、兵吾くんに渡してきて」

結衣

「わかりました」

津軽高臣

「それと、こっちの黄色いのは誠二くんに」

結衣

「えっ、後藤さんですか?」

津軽高臣

「そうだけど。どうかした?」

結衣

「い、いえ、なんでもないです!」

「それじゃ、いってきます」

津軽高臣

「うん、おねがいね」

(…まいったな)

 

(石神さんと加賀さんは、問題ないんだよね)

(いつ行っても、机の上はきれいだもん)

(問題は、後藤さんの…)

結衣

「……」

(…やっぱり。今日もゴチャゴチャ)

(これ、下手な場所に置くと、ファイルに気付いてもらえないよね)

(それどころか、雪崩が起きて埋もれる可能性も…)

颯馬周介

「どうしましたか?」

結衣

「あ、おつかれさまです」

「後藤さん宛てに、ファイルを持ってきたんですけど」

颯馬周介

「…ああ、なるほど」

「それなら私が預かりましょう。彼に直接渡しますよ」

結衣

「本当ですか?」

「ありがとうございます。助かります!」

颯馬周介

「いえ。それより、そちらの赤いファイルはよろしいですか?」

結衣

「はい。これは加賀さん宛てなんです」

颯馬周介

「そうですか。よかったですね、歩宛てじゃなくて」

結衣

「え…」

颯馬周介

「彼の机も、今、大変なことになっていますよ」

(どういうことだろう)

(歩さんの机、いつも几帳面なくらい片づいて…)

結衣

「うわっ」

(なに、この紙袋の山!?)

(そういえば、さっきの昼休み…)

 

佐々木鳴子

『うわぁ、すご…』

『東雲さん、女の人たちに囲まれてる』

『へぇ、きれいどころのお姉さま方ばかりじゃん』

『あ、なんか貰ってる。差し入れかな』

 

(…きっと、あのときのだ)

(いったい、どんな差し入れを…)

東雲歩

「退け。覗き魔」

(うっ)

東雲歩

「あり得ないんだけど」

「人のもの、勝手に覗くとか」

結衣

「す、すみません。でも…」

(めちゃくちゃ気になるんですけど!)

(紙袋の中身とか、怪しいメモが入っていないかとか)

(特にメアドとか、LIDEのアカウントとか、アカウントとか、アカウント…)

東雲歩

「なに、その顔」

「おたふく?」

(な…っ)

東雲歩

「だったら見れば?」

「中身同じだし。どれも」

(えっ、どういうこと?)

不思議に思いつつも、差し出されたうくつかの紙袋を覗いてみた。

(これは…ラムネ菓子?)

(これも…これもこれも、これも…)

結衣

「しかも『ピーチネクター味』…」

「どうして、こればっかり…」

東雲歩

「透のせい」

「LIDEの、タイムラインの」

歩さんは忌々しそうに、LIDEの画面を見せてくれた。

(あっ、これ、歩さんの机の上の写真!)

結衣

「『最近ラムネにハマってるA先輩』…」

「『お気に入りはピーチネクター味』…」

(…知らなかった、ラムネのピーチネクター味があるなんて)

(私も、今度差し入れ…)

(じゃなくて!)

結衣

「それでこの状況なんですか?」

東雲歩

「たぶんね」

「『いいね』つけてるの、『サイバー犯罪研修』の出席者ばかりだし」

(それって、たしか先週行われた研修だよね)

(歩さんが講師を務めていた…)

結衣

「じゃあ、これもそのときの…」

東雲歩

「出席者」

「今日は、別の研修で警察庁に来てる」

(それなのに、わざわざ歩さんに差し入れを?)

(今回の研修講師でもないのに?)

東雲歩

「……なに、妬いてるの?」

結衣

「…っ、そんなこと…」

東雲歩

「でも、またなってるけど。おたふく顔」

結衣

「これは…っ」

(誰のせいだと…!)

???

「可愛いですよね、こういうの」

(…え?)

宮山隼人

「俺、けっこう好きなんですよね。おたふく顔って」

結衣

「宮山くん!今日はどうしたの?」

宮山隼人

「東雲教官に届け物があって来たんです」

東雲歩

「……そう。じゃあ、早速いただこうか」

「キミも、さっさと帰りたいだろうし」

宮山隼人

「そんなことないですよ。できればゆっくり見学したいです」

「卒業したら、こちらに配属されたいですし」

結衣

「へぇ、そうなんだ」

(春休み時間に来てくれたら、案内できたのにな)

(ああ、でも津軽さんに許可をもらえれば、今でもできるかも…)

宮山隼人

「あれ?先輩、そのタブレット…」

宮山くんが指差したのは、胸ポケットに入っていたミントタブレットだ。

宮山隼人

「俺も常備してます。その『超ミントオレンジ』のヤツ」

結衣

「えっ、『ミントオレンジ』なんてあるの?」

宮山隼人

「ありますよ。かなり激辛です」

「でも、おかげですぐに目が覚めるっていうか…」

東雲歩

「必要なくない?」

「ちゃんと睡眠とっていれば」

結衣

「でも眠くなるんです!」

宮山隼人

「そうですよ。…東雲教官にはわからないかもしれないですけど」

東雲歩

「!」

宮山隼人

「先輩、ひとつもらってもいいですか?」

結衣

「もちろん。ハイ、どうぞ」

宮山隼人

「ありがとうございま…」

「……えっ」

私が差し出したタブレットケースを、なぜか歩さんが奪い取った。

結衣

「ちょっ、なにを…」

東雲歩

「オレも貰う」

結衣

「でも、さっき『必要ない』って…」

抗議する私を無視して、歩さんは一気に3錠も口に放り込んだ。

結衣

「ああっ」

(それ、すごく辛いのに!)

東雲歩

「………ゲホッ」

「ゲホゲホゲホッ…」

結衣

「大丈夫ですか!?」

東雲歩

「うるさい…」

「これくらい…たいしたこと…ない……」

宮山隼人

「あーあ、痩せ我慢しちゃって」

「勝手に他人のモノを食べるから」

東雲歩

「他人のじゃない」

「オレの…」

(えっ…)

宮山隼人

「違いますよね。青山先輩のですよね?」

東雲歩

「……」

宮山隼人

「青あま先輩の、ですよねぇ?」

東雲歩

「……」

(なんか、雰囲気がどんどん険悪に…)

結衣

「あ、あの…ちょっと落ちつきましょうか」

「私たちしかいないとはいえ、ここ、職場ですし」

「加賀さんや他の班の人たちがやってくる可能性も…」

???

「…うん、宮山か?」

突然割り込んできたその声に、宮山くんの表情が一変した。

宮山隼人

「後藤教官!おつかれさまです!」

後藤誠二

「ああ。こっちで会うのは初めてだな」

「今日はどうした?」

宮山隼人

「東雲教官に用があって来たんです」

「でも、もう用事も終わりましたんで」

(変わり身早っ!)

後藤誠二

「だったら、少し休んでいくか?」

「といっても、あまり休める場所がないんだが」

宮山隼人

「構いません!喜んで…」

東雲歩

「ああ、ちょっと待って」

後藤さんに着いていこうとした宮山くんを、歩さんが呼び止めた。

東雲歩

「お遣いのお礼」

宮山隼人

「……なんですか?この大量の紙袋は」

東雲歩

「ラムネ菓子。オレは食べないから」

(えっ)

東雲歩

「訓練生で分けて食べて」

宮山隼人

「…わかりました。有り難くいただきます」

「では、また」

結衣

「う、うん。おつかれさま」

「…いいんですか?あのラムネ菓子、全部あげちゃって」

東雲歩

「言ったじゃん。食べないって」

結衣

「でも、好きなんじゃ…」

東雲歩

「好きでも無理」

「下心駄々洩れの人間からの貰い物を食べるとか」

「へんな念が入っていそうで」

(うっ、手厳しい)

結衣

「じゃあ、私も気を付けます」

「下心が駄々洩れに

ならないように…」

東雲歩

「いいよ、キミは」

「食べ慣れたから」

(えっ)

東雲歩

「嫌いじゃない。キミの下心は」

「もうオレの一部みたいなものだから」

(こ、これは…)

(もしかして、めったにない告白を受けているんじゃ…)

今すぐ、抱きつきたい。

「歩さーん」と叫んで、ぎゅうってしたい。

(でも、ダメ…ここ、職場…っ)

黒澤秀

「歩さーん、ちょっと…」

「って、どうしたんですか、結衣さんは」

「なんだかプルプル震えていますけど…」

東雲歩

「さあ。苦いミントタブレットでも食べたんじゃない?」

そんなそっけない歩さんの言葉さえも、今の私には甘く響いてくるのだった。

 

to be continued