公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 8話

~20時~

 

予定外だったデートのお誘い。

いつもと違う場所で待ち合わせをした私たちは、今ーー

 

結衣

「歩さーーん」

東雲歩

「ちょ…くっつきすぎ!」

結衣

「でも、ちゃんとしがみついてないと落ちるじゃないですか」

「久しぶりの二人乗りですし」

(前にスクーターで二人乗りしたのって、付き合いはじめの頃だよね)

(ふたりで流星群を見にいったときの…)

結衣

「…うん?」

(待って。この道のりって…)

 

東雲歩

「着いた。下りて」

(やっぱり!)

辿り着いたのは、流星群デートのときと同じ高台。

どうりで、途中までの道のりに見覚えがあったはずだ。

結衣

「すごい…」

「2年も経ってるのに、ぜんぜん変わってないですね」

東雲歩

「…へぇ、覚えてたんだ?」

結衣

「当然です。忘れるわけないじゃないですか」

「『キスしたい』の3乗、ですよね!」

東雲歩

「…っ」

「忘れろ。それは」

結衣

「ダメです。ちゃーんと覚えてます」

「『もっとしたい』の3乗も」

東雲歩

「!」

2年前、歩さんが流れ星に託したお願いごと。

(それで、そのあと私と歩さんは…)

(熱い熱い、あつーーいキッスを…)

東雲歩

「オレも覚えてるけど。キミの願い事」

結衣

「えっ」

東雲歩

「『痩せますように』『公安刑事になれますように』…」

「それと…」

「……『痩せますように』」

(ひどいっ)

結衣

「今の嘘ですよね?」

「1つめと3つめ、同じでしたよね!?」

東雲歩

「それだけ切実だったんじゃない?」

「今も2年前も」

(うっ…)

東雲歩

「しかもスルーされたわけだ」

「流れ星に、願い事を」

結衣

「そ、そんなことは…一時的にはかないましたよ?」

(最近は、ちょっと身体が重たいけど)

(いちおう「かなった」とはいえるわけだし)

結衣

「それに2つめも…」

(そうだ、2つめ…)

「公安刑事になれますように」ーー

それが、当時の私の「2つめのお願い事」だった。

東雲歩

「かなったじゃん。そっちは」

結衣

「いちおう、そうですけど…」

今日1日の仕事内容を思い出す。

同期の鳴子や千葉さんと比べて、今の自分はどうなのか。

本当に「公安刑事になれた」といえるのか。

(そりゃ、雑用も「意味のあること」だと思ってはいるけど…)

(思いたいけど…)

東雲歩

「刑事だよ、キミは」

「公安課の」

(歩さん?)

東雲歩

「少なくとも、オレはそう思ってる」

「キミの元教官として」

素っ気ない言い方。

でも、言葉の端にはどこか優しさが滲んでいて…

(歩さん…)

結衣

「歩さぁぁ…」

東雲歩

「ああ、でも」

津軽さんはどうか知らないけど」

(ぐ…っ)

結衣

「今の一言は余計です」

「テンション下がっちゃったじゃないですか!」

東雲歩

「でも、事実じゃん」

結衣

「それは、そうですけど」

(今だけは、歩さんの優しさに浸っていたかったのに)

(ついでに、ギュウゥゥって抱きつきたかったのに…)

東雲歩

「考えれば?新しい願い事」

結衣

「えっ」

東雲歩

「『痩せますように』はそのままとして」

「2つめは、新しいのに変えればいいじゃん」

(「新しい願い事」…私の…?)

(だったら…)

結衣

「『公安刑事として活躍できますように』とか?」

東雲歩

「そんなの、ないほうがいいと思うけどね、オレは」

「オレたちが活躍するって、それなりの状況だろうし」

(うぅ、たしかに…)

結衣

「じゃあ…」

「『一人前の公安刑事になれますように』でしょうか」

東雲歩

「……」

結衣

「いいですようね、これなら」

「『事件を未然に防ぐ』って意味も込めますんで」

東雲歩

「……ま、悪くないんじゃない」

(よしっ!)

結衣

「じゃあ、あとは3つめですね!」

「3つめの願い事…」

「……」

(…あれ?)

結衣

「結局、元の『3つめ』ってなんでしたっけ?」

東雲歩

「……忘れた」

結衣

「ええっ!?」

(でも、私も覚えてないんだよね)

(おかしいなぁ、歩さんの願い事は覚えているのに)

東雲歩

「新しいのにすれば。3つめも」

結衣

「そうですね。せっかくですし…」

(新しい願い事…だったら…)

結衣

「歩さんとラブラブになれますように!」

東雲歩

「!」

結衣

「これ、新しい『3つめ』にします!」

東雲歩

「……」

「……バカ」

結衣

「えっ、ダメですか?」

「でも、撤回しませんからね」

「私、歩さんともっともっとラブラブになりたいんで」

東雲歩

「……」

結衣

「じゃあ、あとは『流れ星』待ち…」

(…あれ?)

少し前まで、星が瞬いていたはずの夜空が不穏な色に染まっていた。

これでは、流れ星どころか、ふつうの星さえも見えそうにない。

(ていうか、これ、雨が降るんじゃ…)

東雲歩

「帰るよ」

結衣

「えっ、でも…」

東雲歩

「サイアクじゃん。濡れたら」

(……そうだけど)

(せっかくのデートだったのに)

(新しい願い事も、考えたばかりだったのに)

あきらめきれずに、頭上を見上げる。

少し前の星空が嘘のように、今は分厚い雲が勢力図を広げつつあった。

(…やっぱり無理か)

(そもそも今日は流れ星が見える日でもないし)

東雲歩

「…なに。まだ流れ星待ち?」

結衣

「…っ、いえ…」

東雲歩

「かなえてあげてもいいけど。3つめだけなら」

(え…)

東雲歩

「まぁ、ここじゃ無理だから」

「部屋に帰るのが、いちおう条件…」

結衣

「帰ります!」

「青山結衣、速攻で帰ります!」

東雲歩

「怖…食い気味過ぎ」

結衣

「なんとでも言ってください!」

私は、はりきってスクーターの後ろにまたがった。

(だって、「3つめ」って…)

(つまり…つまり…)

結衣

「歩さーーーん!」

ギュウウウウッ!

東雲歩

「ぐ…っ」

「苦しい!もっと緩めて…」

結衣

「緩めたら落ちるじゃないですか!」

東雲歩

「まだ走ってない!」

「それに限度があるから!しがみつくにしても」

エンジン音をしばらく響かせた後、スクーターは軽快に走り出した。

 

to be continued