公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 9話

~22時20分~

 

星空を覆いかくした雨雲は、すぐに大粒の雨を降らしてきた。

おかげで、私たちは…

結衣

「くしゅっ!」

(うう…髪も服もぐちょぐちょなんですけど)

(まさか、こんな大雨になるなんて…)

東雲歩

「先に行ってて。部屋に」

結衣

「歩さんは?」

東雲歩

「スクーター駐めてくる」

「タオルとか、勝手に使っていいから」

結衣

「…わかりました」

 

結衣

「タオル…タオルっと…」

「あった」

棚から一枚取り出して、濡れた髪の毛を拭こうとする。

と、少しクセのある清涼な香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。

(あ…いつもの…)

(歩さんの香り…)

やわらかな生地に鼻を押しつけて、深く息を吸ってみる。

(はーいい香り…)

(このニオイを嗅ぐと「歩さん」って感じがするなぁ)

結衣

「んー」

「歩さーん…」

???

「キモ」

(うっ)

東雲歩

「怖すぎなんだけど」

「タオルのニオイを嗅ぎながら、名前を呼ばれるとか」

結衣

「い、いいじゃないですか!」

「実際、歩さんの香りがするんですから!」

東雲歩

「オレのじゃない」

「アロマオイルの香り。ユーカリの」

結衣

「私にとっては歩さんの香りです!」

「この雑菌効果が高そうなところも含めて、歩さんの…」

(あ、マズい…)

(鼻がムズムズして…)

結衣

「は…は……は……」

「くしゅんっ!」

東雲歩

「バカ!」

「さっさと拭かないから!」

結衣

「ち、違います。今のはちょっと鼻がムズムズ……」

「くしゅんっ!」

(あれ、2連続…)

東雲歩

「もういい」

「温まれ。さっさと」

結衣

「えっ、ちょ…」

 

(これって…)

結衣

「ふたりでシャワーってことですか?」

東雲歩

「違う!キミだけ!」

結衣

「じゃあ、歩さんは…」

東雲歩

「あとで入る」

「キミが終わってから」

(ええっ!?)

結衣

「ダメですよ、そんなの!」

「歩さんから先に入ってください」

東雲歩

「いいから。オレは」

結衣

「良くないですよ!歩さんだってずぶ濡れなのに」

東雲歩

「いいって」

結衣

「ダメです!」

東雲歩

「しつこい!」

威嚇するように詰め寄られて、私は後退ろうとした。

ところが、その拍子にふくらはぎが何かにぶつかって…

東雲歩

「ちょ…っ」

結衣

「うわっぷ…」

(うそ!なんでシャワーが…)

東雲歩

「バカ!退いて!」

歩さんは、私を押しのけると、すぐさまシャワー用のレバーを下ろした。

東雲歩

「バカ…ほんとバカ…」

「レバー、蹴り上げるとか…」

結衣

「すみません」

「でも、歩さんがいきなり詰めよってくるから…」

東雲歩

「それは、キミがしつこい…」

「!!」

(あれ、なんか様子が…)

東雲歩

「…とにかく、どうにかして」

「その、川からあがったばかりのかっぱみたいな格好」

(川からあがった…?)

結衣

「!!!」

(な、なにこれ…!)

ストライプのシャツに、ぺったりと貼り着いたキャミソール。

しかも、白地の部分からはうっすらと色まで透けて見えて…

東雲歩

「ほんと好きだよね、紫」

結衣

「い、いいじゃないですか!」

「歩さんだって、紫の下着、好きなくせに」

東雲歩

「は?」

結衣

「だって、紫のときは、なんかちょっとこう…」

「いつもより、いろいろしつこいっていうか……」

東雲歩

「関係ない!」

「同じだから!いつも!」

結衣

「じゃあ、きっと無意識に…」

東雲歩

「ないから!無意識も」

「ていうか、さっさと浴びろ!」

結衣

「待っ、歩さん…っ」

(…行っちゃった)

(本当にいいのかな、私が先に使っても)

とはいえ、このずぶ濡れの状態で追いかけるわけにもいかない。

(よし、ここは甘えちゃおう)

結衣

「歩さん、先にお借りします」

濡れたシャツを急いで脱ぐと、キャミソールの肩ひもに手をかける。

ふと、鏡に映った紫色を見て、先ほどの会話が頭をよぎった。

(下着の件…本当に、私の勘違いなのかな)

(歩さんは全否定していたけど、正直こう…)

(紫の下着のときって、歩さん、いつもと違う気が……)

ガタガタガタンッ!

(えっ、なに今の音)

扉一枚隔てた洗面所からの、ただごとではない物音。

私は、慌ててバスルームを飛び出した。

 

結衣

「歩さん!?なにが…」

(えっ、うずくまってる!?)

結衣

「歩さん!?大丈夫ですか!?」

東雲歩

「……」

結衣

「歩さん!?」

東雲歩

「…平気」

「ちょっとつまづいただけ」

結衣

「それだけですか?どこかケガしたんじゃ…」

東雲歩

「平気だって」

「これくらい、どうってこと…」

「!?」

ふいに、歩さんは逃げるように身体を退いた。

結衣

「歩さん?」

東雲歩

「バカ!」

「露出狂!」

結衣

「露出…?」

(ああっ!)

(そうだ…私、キャミソール姿…!)

結衣

「違うんです!これはテンパっただけで…」

「着替えている途中で、ものすごい音がしたから」

東雲歩

「だからって出てこないじゃん、ふつうは!」

「そんな下着姿で!」

結衣

「いいんです!歩さんになら見られても!!」

東雲歩

「!」

(そもそも緊急事態ならやむを得ないわけだし)

(そんなこと、気にしている場合じゃ…)

東雲歩

「……」

(あれ、なんか雰囲気が…)

東雲歩

「大胆だよね、キミこそ」

「紫の下着をつけてるとき」

(えっ)

東雲歩

「言いがちだし」

「今みたいな、誘うようなこと」

(誘う!?私が!?)

結衣

「なに言ってるんですか!」

「今のは、あくまで『緊急事態』限定の話で…」

東雲歩

「今日だけじゃない」

「わりと、これまでも」

(ええっ)

東雲歩

「…なに、自覚ないの?」

「キミこそ、無意識じゃん」

(でも、だって…)

(本当にそんなこと、言った覚えは…)

結衣

「ひゃっ」

肌に貼りついていた布地を剥がすように、キャミソールの下に手を入れられる。

湿った肌を撫でるその動きは、明らかに「そういう意図」をもったものだ。

結衣

「ま、待ってください!ここ、洗面所…」

「ん…っ」

あっという間に、唇を貪られる。

うまく息つぎができなくなるくらい、容赦なく、横暴に。

(え、ほんとにここで?)

(まだシャワーを浴びてないのに?)

戸惑う反面、流されてみたい気持ちもあった。

だって、こんな歩さん、めったに見られない。

(でも、だったら下着…ちゃんと脱がせてほしいっていうか…)

(濡れてて気持ち悪いし、風邪ひきそうだし…)

むず、と鼻の奥が反応した。

(え、待って…)

結衣

「あ、歩さん、待っ…」

「んん…っ」

(ダメ!これ、マズい…)

(このままだと、絶対…)

(絶対……っ)

結衣

「はっ…くしゅんっ!」

東雲歩

「!」

(出た…やっぱり!!)

とっさに顔を背けたので、なんとか歩さんにはかけずに済んだ。

けれども、状況としてはかなりまぬけなわけで…

東雲歩

「……」

結衣

「そ、そんな顔しなくても…」

「そもそも歩さんが悪いんですよ!」

「待ってって言ったのに、ぜんぜん待ってくれなくて…」

「グイグイ、乱暴にキッスしてきて」

東雲歩

「……」

結衣

「そりゃ、私だってちょっと流されそうになりましたけど…」

「ていうか、流されてもいいかなって思いましたけど…」

東雲歩

「……」

結衣

「やっぱりシャワー浴びたいですし」

「濡れてる下着、ちゃんと脱がしてほしいですし」

「じゃないと風邪ひいて…」

東雲歩

「…わかった」

グッとウエストを引き寄せられたかと思うと、そのまま肩に担がれた。

結衣

「えっ、あの…」

東雲歩

「脱がせてあげるし、浴びさせてあげるよ」

「好きなだけ」

(な、なんだか不穏な空気が…)

東雲歩

「ほんと…大胆だよね、キミ」

「紫の下着のとき限定で」

(違ーーう!)

(それは誤解ですってば!!)

どちらが正しくて、どちらが誤解なのか。

答えは、バスルームの扉を閉めればわかるのかもしれなかった。

 

to be continued