公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 7話

~18時20分~

 

桜田門周辺の建物が、夕焼け色に染まる頃ーー

結衣

「お…」

 

結衣

「終わったー!」

(奇跡です、歩さん!)

(青山結衣、膨大な紙資料をすべてデータ化し終えました!)

結衣

「時刻は…」

「やば、定時ちょっと過ぎてる!」

 

結衣

「お先に失礼します!」

津軽高臣

「待って、結衣ちゃん」

「帰る前にコーヒー…」

結衣

「コーヒーは、今後百瀬さんが淹れてくださるそうです!」

津軽高臣

「え?なに言って…」

百瀬尊

「淹れてきます」

津軽高臣

「いや、俺は彼女に…」

百瀬尊

「淹れてきます」

津軽高臣

「……あー」

「じゃあ、これからはモモにお願いしようかな」

結衣

「それじゃ、お先です!」

 

(あぶなかった)

(ただでさえ、定時過ぎてるのに…)

???

「そこのクズ」

結衣

「ひっ」

(こ、この声は…)

加賀兵吾

「歩はどこ行った?」

結衣

「わ、わかりません」

「私、津軽班ですし…」

加賀兵吾

「……おい、なんだ、その横歩きは」

カニか」

結衣

「い、いえ…そんなつもりは…」

ドンッ!

結衣

「失礼します!」

(あぶなかったー!)

(加賀さんの「壁ドン」から逃げられたの、初めてかも!)

(よし、この調子で待ち合わせの場所へ…)

 

難波仁

「おお、誰かと思えば元ひよっこじゃないか」

(うっ、またもや…)

難波仁

「どうした、そんなに急いで」

「さては…」

石神秀樹

「難波さん、その発言はセクハラです」

難波仁

「おいおい、まだ何も言ってないぞ」

石神秀樹

「ですが『デートか』と言うつもりだったのでは?」

難波仁

「それはこの間の佐々木に対してだろう」

「青山には言わないぞ。そういう雰囲気じゃないからな」

(えっ)

石神秀樹

「…今の発言も、青山の受け取り方次第ではセクハラです」

難波仁

「そうか。悪かったな、青山。ついからかっちまって」

「それじゃ、おつかれさん」

結衣

「お、おつかれさまです」

(「そういう雰囲気じゃない」…?)

(そんなことないよね。ちゃんとデートっぽい雰囲気が出てるはずだよ)

(これから大好きな人と会うんだから…)

結衣

「……」

(ああっ、もう!)

 

(ちょっとくらいなら寄り道できるよね?)

(駅のドラッグストアで買い物して、あとは猛ダッシュすれば…)

 

そんなわけで…

結衣

「はぁ…はぁ…」

(ま、間に合った)

(超ギリギリ、1分前…)

結衣

「歩さんは…」

(…よかった、まだ来てない)

ホッと胸を撫で下ろしつつ、すぐそばのガラス窓に目を向ける。

真っ先に目がいったのは、少し前にリップを塗ったばかりの唇だ。

(こういう色、初めてだな)

(でも、このシーズンのオススメって書いてあったし)

(ポスターにも「キスしたくなるリップ」って…)

???

「あれ、青山?」

(えっ)

千葉大

「やっぱり。久しぶりだな」

「どうしたんだよ、こんなところで」

結衣

「え、ええと、それは…なんていうか…」

(まずい。ここはうまくごまかさないと)

結衣

「あの…その…あの…」

千葉大

「??」

結衣

「ち、千葉さんこそどうしてここに?」

千葉大

「俺?」

「俺は、すぐそこの署に顔を出してきたところだよ」

「今、合同で動いている案件があってさ」

結衣

「そっか。大変だね」

千葉大

「で、青山は?」

(うっ、ぜんぜんごまかせてなかった!)

結衣

「私は、その…その…」

「待ち合わせっていうか…」

(どうしよう、歩さん、そろそろ来るよね)

(まさか3人バッタリなんてことは…)

千葉大

「そっか、先約があるのか」

「せっかく会えたんだし、久しぶりにご飯でもって思ったんだけど」

結衣

「それはまた今度ってことで」

「鳴子も交えて3人で、ね?」

千葉大

「……うん、そうだな」

「近いうちに、佐々木もいれて3人で会おうか」

結衣

「うん!」

(で、歩さんは…)

千葉大

「ところで、その…久しぶりに会ったせいかな」

「青山、少し雰囲気が変わったよな」

結衣

「えっ、そう?」

千葉大

「うん。その…なんていうか…」

「きれいになったっていうか」

結衣

「ほんと!?」

千葉大

「えっ」

結衣

「私、ほんとにきれいになった!?」

千葉大

「う、うん、まぁ…」

(やったーー!)

(ありがとう、「キスしたくなるリップ」!本当にありがとう!)

(猛ダッシュして、買い物したかいが…)

ブルル…

(あ、LIDE…)

(歩さんから!?)

ーー「楽しそうだね」

(えっ)

ーー「そんなに嬉しいんだ?千葉に会えて」

結衣

「えっ、ちょ…」

(歩さん、近くにいる!?)

(でも、どこに…)

千葉大

「青山?どうかした?」

結衣

「う、ううん!ちょっと、その…」

「待ち合わせの人、来たみたいだから」

千葉大

「そっか。じゃあ、またな」

結衣

「うん!今度3人でごはんね!」

千葉さんが改札を通ったのを確認して、私はすぐさまスマホを操作した。

結衣

「『今、どこですか?』送信…」

(あ、既読ついた)

結衣

「……」

「………」

「…………」

(えっ、返信は?)

結衣

「『歩さーん、どこですか』えいっ」

(あ、私の居場所も書いたほうがいいかな)

結衣

「『私は改札前にいます』えいっ」

(…あれ、でも私の居場所はわかってるはずだよね?)

(千葉さんと一緒にいたの、知ってたし)

結衣

「『すみません、今の取消で』えいっ」

(ていうか、ほんとにどこにいるんだろう)

(ぜんぜん見当たらないんですけど…)

結衣

「『隠れてないで出てきてください』送信…」

(あ、もしかして…)

結衣

「『トイレですか?』送信…」

(あ、でもトイレ中に返信は無理か)

結衣

「『トイレならすぐに返信しなくていいです』えいっ」

(うーん、我ながら気が利くなぁ)

(さすが元補佐官…)

東雲歩

「トイレじゃない」

(ぎゃっ)

結衣

「い、いいいつの間に背後に…」

東雲歩

「6秒前から」

「ていうか多すぎ。返信…」

「……」

(あれ、なんか驚いて…)

東雲歩

「赤すぎない?唇」

「かき氷でも食べたの?」

(な…っ)

結衣

「リップです!」

「今年流行りの新色です!!」

東雲歩

「ちょ…近い…」

結衣

「よーく見てください!」

「キッス!キッスしたくなりますよね?」

東雲歩

「……え、無理」

「人工っぽい味しそうじゃん。絶対」

(ひどっ!)

結衣

「千葉さんには好評だったのに」

東雲歩

「!」

結衣

「せめて一度試してみてからでも…」

結衣

「ふぐっ!?」

いきなり、リップを塗った唇をてのひらでこすられた。

結衣

「ひょっ、あゆぶひゃん、にゃにを…」

東雲歩

「……」

結衣

「あゆぶひゃん…」

東雲歩

「…いいじゃん、これで」

(ちょ…せっかくのリップが…)

(って、え…っ!?)

それは、一瞬の出来事だった。

軽く下唇を食んで、離れていった歩さんの唇。

東雲歩

「…甘」

結衣

「……」

東雲歩

「ほんと謎だよね。キミの唇」

(いや、待っ…)

(ええっ!?)

ひとりで歩き出した歩さんの背中を、私は慌てて追いかけた。

突然のキッスの理由を聞くために。

 

to be  continued