公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 3話

~11時5分~

 

新米刑事の日常は、いつも荒ただしい。

なぜなら…

津軽高臣

「結衣ちゃーん、この資料、ぜーんぶシュレッダーかけといて」

結衣

「はい!」

津軽高臣

「結衣ちゃーん、この書類、警視庁に届けてきて」

結衣

「はい!」

津軽高臣

『結衣ちゃん、まだ警視庁だよね?』

『帰りにコンビニで「タケノコの沼」を買ってきて』

結衣

「は、はい…」

そして…

結衣

「ただいま戻りました」

津軽高臣

「ああ、おつかれ。『タケノコの沼』は?」

結衣

「どうぞ、こちらです」

津軽高臣

「うんうん、ありがと。じゃあさ…」

「コーヒーおねがい。俺とモモの分ね」

 

結衣

「ふぅ…」

(今日は、雑用少なめだな)

(最近は、昼休みまでずーっと息つくヒマもなかったのに…)

 

結衣

「あ、コーヒー、なくなりそう」

(新しいの、淹れなおさないと)

(たしか、コーヒー豆はこの棚に…)

???

「なにこれ。ほとんど空っぽじゃん」

(この声は…!)

結衣

「おつかれさまです!」

東雲歩

「………あ、ああ…いたの、キミ」

結衣

「いました!コーヒー淹れに来ました!」

東雲歩

「あっそう」

「じゃ、ついでに、こっちもよろしく」

結衣

「了解です!」

(って、このマグカップ、恐竜のじゃない?)

「あの、いつものマグカップは…」

東雲歩

「机にあるけど」

結衣

「じゃあ、これは?」

東雲歩

「兵吾さんの分。だから砂糖はいらない」

結衣

「そうですか」

(めずらしいな。加賀さんが、歩さんにコーヒーを頼むなんて)

不思議に思いつつも、コーヒーメーカーに新しい豆をセットする。

オフィス用のマシンなので、セッティングは極めて簡単だ。

結衣

「あの…時間がかかるので戻ってもいいですよ」

「出来あがったら、席まで届けますし」

東雲歩

「いい」

「頼まれたの、オレだから」

結衣

「はぁ…」

コポコポコポ、と小さな音をたててお湯が沸騰しはじめる。

もう少しすると、コーヒーの香ばしい香りが給湯室を満たすはずだ。

(いいな、こういう時間も)

警察庁内の慌ただしさから、ふたりだけ隔離だれたみたいで…)

結衣

「…うん?」

(あれ、今ってもしかして…)

(歩さんとふたりきり?)

結衣

「!」

(そうだよ、ふたりきりだよ!)

(職場で、こんな機会なんて滅多にないんですけど!)

結衣

「あ、あの…しの…じゃなくて、あゆ…じゃなくて…」

東雲歩

「どっちでもいい。人いないし」

「で、なに?」

結衣

「それです、今の!」

東雲歩

「は?」

「『人がいない』…つまりふたりきり!」

「こんなの、久しぶりじゃないですか!」

東雲歩

「……だから何?」

「ふたりきりになったからって、何かあるわけじゃ…」

結衣

「ありますよ!大有りです!」

「たとえば…」

 

東雲歩

『キミ、どうしたの?』

『なんだか、ずいぶん疲れてルみたいだけど』

結衣

『いえ、そんなことは…』

東雲歩

『バカ。オレのこと、だませると思ってるの?』

『ほら…こっちに来なよ』

結衣

『え…』

東雲歩

『今、ふたりきりだから』

『元気が出るおまじないをしてあげる』

『さあ、オレの胸に飛びこんでおいで』

結衣

『歩さん…』

『歩さーーんっ!』

 

東雲歩

「近づくな!」

結衣

「ぶっ…」

(ひ、ひどい!顔を押し返すなんて!)

東雲歩

「ていうかキモ」

「なに、『元気が出るおまじない』とか」

結衣

「い、いいじゃないですか、私だって癒されたいんです!」

「毎日毎日忙しくて、息をつく暇もなくて…」

東雲歩

「ああ、雑用で?」

(うっ)

東雲歩

「確かにキミ、ここのところ忙しそうだもんね」

「いつも掃除とかお遣いとか、パシリとかパシリとか、パシリとか」

結衣

「そ、それだって立派なお仕事です!」

東雲歩

「……」

結衣

「『雑用』だって、いつかきっと活きるはずですから」

「……たぶん」

東雲歩

「たぶん、ね」

歩さんは、寄りかかっていた壁からすっと身体を起こした。

東雲歩

「できたみたいだよ、コーヒー」

(あ…)

東雲歩

「先、もらってもいい?」

結衣

「…どうぞ」

(残念…ふたりきりの時間も、もうおしまいかぁ)

コーヒーを注ぎ終わったら、歩さんはすぐに仕事に戻ってしまうだろう。

(仕方ないよね、勤務中だもん)

(私だって、コーヒーを淹れたらすぐに戻らないと…)

東雲歩

「どうぞ」

結衣

「あ、はい」

(…あれ、戻らない?)

東雲歩

「……」

(もしかして、私が終わるの、待ってくれている?)

(それって、つまり…)

結衣

「もう少しふたりきりでいたい、とか?」

東雲歩

「……」

結衣

「って、冗談です、冗談!」

「歩さんに限って、そんなこと…」

東雲歩

「だとしたら?」

(え…)

東雲歩

「実は、オレが仕事ですごく疲れていて」

「キミが給湯室に行くのを見かけて、追いかけてきたとしたら?」

結衣

「!」

東雲歩

「しかも、求めているとしたら?」

「キミ発案の『元気がでるおまじない』を」

「誰よりも、オレ自身が」

(あ、歩さんが、私に?「元気がでるおまじない」を?)

(だったら…)

結衣

「きてください」

私は、歩さんに向かって、めいっぱい両手を広げてみせた。

結衣

「今すぐ!ドーンと!」

「この胸に飛びこんでください!」

東雲歩

「……」

結衣

「大丈夫、私のおまじないは効果抜群です!」

「だから、すぐにでもこの胸にドーンッと…」

???

「歩さーーんっ!」

ドーーンッ!

まさに電光石火だった。

それくらいの勢いで、誰かが歩さんに抱きついた。

(ちょっ、違…っ)

(ていうか誰!?抱きついたの…)

黒澤透

「聞いてくださいよー、歩さん」

「後藤さんと周介さんが意地悪するんです!」

「オレのLIDEのアカウント、ブロックするんです!」

東雲歩

「それ、オレもだから」

黒澤透

「ひどいっ!透、泣いちゃう!シクシクシク…」

「って…」

「あ、結衣さんもいたんですね」

「どうしたんですか?両手を広げたりして」

結衣

「……いえ」

(いいけど…べつにいいけど…!)

東雲歩

「…気を付けなよ、透」

「すっぽんの恨みはしつこいから」

黒澤秀

「えっ、すっぽん?誰がですか?」

結衣

「……」

(…戻ろう、私も)

ひそやかな時間は、こうしてあっさり終わりを迎えたのだった。

to be continued