公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

ラブストーリはカレから突然に♡ 東雲 カレ目線

今、うちの彼女は、すっかりふてくされてしまっている。

原因は、オレがからかいすぎたからだ。

結衣

「マッサージはこれでおしまいです!」

「私、ソファで寝ますから」

「おやすみなさい!」

捨て台詞よろしくそう告げて、彼女はベッドから下りようとする。

それを引き留めて、オレはにっこりと笑って見せた。

東雲

「本当にそれでいいの?」

結衣

「いいです!」

東雲

「あっそう」

「じゃあ、いらないんだ?」

「マッサージのお返し」

彼女の背中がぴくっと揺れる。

東雲

「オレもしようと思ってたんだけど。マッサージ」

結衣

「……」

東雲

「オレ、結構うまいけど」

とたんに彼女はソワソワしはじめる。

背中を向けてるはずなのに、今の彼女の感情は手に取るようにわかってしまう。

(ホント、単純)

果たして彼女は、ちらりとオレのほうを振り返った。

結衣

「マッサージって具体的には…」

東雲

「手が得意だけど」

結衣

「……」

東雲

「あとはキミのリクエスト次第」

「肩でも足でも、どこでも」

結衣

「…じゃあ、手で」

警戒心を滲ませながらも、彼女は右手を差し出してきた。

たぶん、またからかわれるとでも思っているのだろう。

(唇とんがってるし)

(ほんと、わかりやすすぎ…)

でも、それってすごく大事かもしれない。

だって、ちゃんと伝わってくるから。

 

彼女が浮かない顔をしていると気づいたのは先週のことだ。

最初は、オレが出した課題が解けないせいだと思っていた。

でも…

東雲

「今、チェックしたところ、明日までに再提出で」

結衣

「わかりました」

(…思ってたより普通)

(そんなに困ってる様子でもないし)

東雲

「…違うか」

結衣

「えっ」

東雲

「いや、こっちの話」

そうなると何が原因なのか。

雑談しつつも様子を見ていたけど、どうもピンとこない。

(じゃあ、颯馬さんの講義での小テストのこと?)

(くだらない凡ミスに、すでに気づいているとか?)

そこで解答用紙を突きつけてみたけれど、これもどうやら違うらしい。

もっとも、さらにヘコんで帰っていったけれど。

(やっぱり理解不能

(なんで浮かない顔してたんだろ)

基本、うちの彼女はかなり単純だ。

感情もすぐに顔に出る。

(だから、わかりやすいんはずなんだけど…)

その分、わからないことがあると気になって仕方がない。

解きたいのに解けない問題ほど、気持ち悪いものはないのだ。

(なんだろう。あと考えられるのは…)

ブルル、とスマホが震えた。

ディスプレイには透の名前が表示されている。

東雲

「はい…」

黒澤

『おつかれさまでーす。今、いいですか』

東雲

「いいけど。合コンなら当分…」

黒澤

『大丈夫です!そのへんは空気読めてますから!』

『それより歩さん、スクーターいりませんか?』

『原付2種でピンクナンバーだから、彼女とのデートにもぴったり…』

東雲

「いらない。じゃあ」

黒澤

『あ、ちょっと…』

プツッ…

(なんでスクーター?)

(そんなの興味ないし)

(そもそもヘルメットを被りたくないし)

このときは、たしかにそう思っていた。

 

ところが、その翌日。

難波

「おお、歩。いいところに」

「これ、調べておいてくれ」

東雲

「今、関わってる案件の調査ですか?」

難波

「それはナイショ。ま、よろしく」

東雲

「はぁ…」

(調べるって一体なにを…)

東雲

「…なんだよ、これ」

(『流星群観測』のオススメスポット?)

ひとまずネットで検索をかけてみる。

どうやら来週の金曜日、流星群が見られるらしい。

(ふーん、『流星群』ね。くだらないな)

(ま、誰かさんは好きそうだけど)

 

オレの推測は当たっていた。

その日の午後、書類倉庫に彼女の様子を見にいったときのこと。

結衣

「えっと…ほぼ当たってます」

「流星群とか、けっこう好きで…」

石神さんと話しているのを聞いて「ほらね」とニヤリとしてしまう。

(いかにも好きそうだもんね、あの子)

(願い事とか、本気でお願いしてそうだし)

そう言えば、最近デートらしいデートをしていない。

せいぜい、週末にうちに遊びに来る程度だ。

(ま、行きたいなら付き合ってあげてもいいけど)

(穴場スポットも知ってるし、1時間くらいなら…)

結衣

「教官はお好きですか?」

(…ん?)

結衣

「星とか天体観測とかそういうの…」

思わず、耳を疑った。

(なにそれ。なんで石神さんに聞いてんの?)

(しかも、そんなソワソワした感じで)

石神さんも面食らった顔をしている。

でも、今はそんなのどうだっていい。

(まさか石神さんを誘うつもり?)

(オレに一度も声をかけないで?)

冷静になってみれば、彼女はただ話の流れで聞いただけなのだ。

ソワソワしてたのだって、その前に石神さんが探るような目を向けたから。

それでも、そのときのオレはカチンときたわけで…

石神

「私は特に興味はない」

「君の後ろにいる男はわからないが」

結衣

「!?」

…しかも、石神さんにバラされるし。

 

台車を押す彼女の隣で、オレは頭をめぐらせていた。

ついさっき気づいた、いくつかの事実について。

(1、彼女は流星群を見たがっている)

(2、それなのに、なぜかオレを誘おうとしない)

結論…他の男と流星群を観に行こうとしている?

(いや、それはないでしょ)

(オレのことが好きなはずだし)

(でも、じゃあなんで?)

(なんでオレを誘わないわけ?)

考えれば考えるほど、なんだか悶々としてきた。

そもそも興味のない流星群のことで、どうしてオレが悩まなければいけないのだ。

(まさかオレから誘えって?)

(オレはちっとも興味がないのに?)

(そんな理不尽な…)

そのとき、ふと先日の透からの電話を思い出した。

あの「スクーターいりませんか」って話。

(スクーターで遠出…)

(まー、一度くらいなら試してみても…)

(それで、その『ついで』に流星群を観に行くくらいなら…)

それならオレから誘うのも有りかもしれない。

理不尽じゃないわけだし。

東雲

「最近さ」

「原付スクーターを手に入れたんだけど」

「ピンクナンバーのやつ」

さり気なく「二人乗りOKの原付2種」ってことをほのめかす。

警察官である彼女が、そのことを知らないはずがない。

ところが、彼女は「はぁ」と怪訝そうに首を傾げている。

(なにこの反応…)

(まさか…気づいてないわけ?)

(それなら…)

東雲

「ま、そのうち遠出する予定」

「来週末…金曜日とか」

これで、ようやくオレの意図が伝わったらしい。

彼女は「どこに行くんですか」と訊ねてきた。

東雲

「まだ決めてない」

「これから考えるとこ」

結衣

「そうですか…」

(ま、候補はいくつかあるから、そのなかから選んで…)

(ああ、でもその前に透からスクーターを譲り受けて…)

東雲

「……」

(…本当に伝わってるよね)

(今の、デートの誘いだって)

 

それがただの独りよがりだと気づいたのは、当日になってからだった。

難波

「どうした、石神。深刻そうな顔して」

「…ああ、訓練生名簿の追加修正か」

石神

「ええ、青山の『趣味』の項目を追加するか迷っていまして」

「先日『天文が趣味』という話を聞いたのですが」

難波

「気になるなら記載しておけよ」

「万が一、失踪したときの参考になるからな」

石神

「ですが彼女の場合、一時的なものである気もしますし…」

2人がそんな会話を繰り広げていると…

近くにいた颯馬さんが、ポロリと洩らしたんだ。

颯馬

「付け加えてもいいんじゃないですか」

「彼女、本当に星が好きみたいですし」

石神

「そうなのか?」

颯馬

「ええ。今日も訓練生同士で流星群を観に行くらしいですよ」

(…え?)

東雲

「訓練生同士って…青山さんがですか?」

颯馬

「ええ、さっき千葉くんと約束してましたから」

東雲

「……」

 

ムカついた。

正直、かなりムカついていた。

(どういうことだよ…オレと行くんじゃないの?)

(先週誘ったの、伝わってなかったてこと?)

というか、伝わっていなかったのだろう。

だから彼女は、別の連中と行こうとしているのだ。

(いやいや、でもさ!)

(伝わってなかったとして…)

東雲

「なんで…」

(オレ…一度も誘われてないわけ?)

 

目の前のコーヒーに口もつけず、オレは手帳を睨みつける。

(一旦い落ち着いて…だ)

(頭のなかを整理しないと)

頭に浮かんだことを、まずは手帳に書き殴る。

(『オレの誘いは伝わっていない』…これは確実)

(『彼女は流星群を見たい』…これもほぼ確実)

東雲

「だとしたら…」

(『オレを誘うはず』…)

(でも実際は『誘ってこない』…)

東雲

「となると…」

(可能性1『最初から訓練生同士でいくつもりだった』…)

(可能性2『オレを誘う気がなかった』…)

(可能性3『見たいけど行く気はなくて、でも千葉に誘われて』…)

東雲

「…っ」

(違う、そうじゃない!)

現状を把握したところで何もならない。

オレが望んでいるのは、そういうことじゃなくて…

(というか何?)

(なんでオレ、こんなムカついてるわけ?)

(流星群なんてどうでも良かったはずなのに…)

東雲

「ああ、くそ…っ)

後藤

「どうした、歩?」

(えっ…)

東雲

「あ…おつかれさまです」

オレは、何食わぬ態度で手帳を閉じる。

後藤さんは特に気にすることもなく、オレの斜め前の席に腰を下ろした。

(ん、絵はがき…?)

東雲

「手紙ですか?」

後藤

「ああ、少し時間ができたから」

「昔の部署の上司に書こうかと」

(ふーん、意外…)

東雲

筆まめなんですね」

後藤

「そういうわけじゃない」

「ただ、この上司に昔『言葉を惜しむな』とよく言われてな」

(言葉を…?)

後藤

「人が言葉を惜しんで分かりあえることはない」

「自分ではない相手にそれは望めない」

「だから『言葉を惜しむな』と」

東雲

「……」

後藤

「それ以来、時折手紙を書くようにしている」

「注意されたことを忘れないように」

内心ドキリとした。

まるでオレのことを言っているのかと思った。

(そうだ…)

たぶん、オレも同じだ。

いつもいつも言葉を惜しんでしまう。

(テレくさかったり、面倒くさかったり…)

(だから、つい『これで伝わるだろう』って…)

今回の件だってそうだ。

言葉を惜しんで、ちゃんと伝えなかったのはオレのほうなのだ。

それなのにイライラしたり、ふてくされたりして。

(なにこの理不尽…)

(ていうかガキ?)

(ガキなの、オレ?)

気づいたとたん、頭を抱えたくなってきた。

(マジかよ…なにしてんだ)

(オレ、こんな人間だった?)

(違うよね?最近だよね、こんなの)

(たぶん、あの子と付き合いはじめてから…)

それでも、自己嫌悪のなかでようやく見えてきた。

オレが今、一番やらなければいけないこと。

東雲

「後藤さん、このコーヒー飲みますか?」

「まだ口つけていないですけど」

後藤

「いいのか?」

東雲

「はい、オレ、ちょっと急用を思い出したんで」

そうだ、今度こそ彼女に伝えなくてはいけない。

言葉を惜しまず、今のオレの気持ちを。

(分かりやすく、はっきりと)

(今度こそ、ちゃんと届くように)

 

(で、なんとか彼女と流星群を観てきたわけだけど…)

結衣

「すぅ…すぅ…」

彼女は今、オレに寄りかかって寝息をたてている。

マッサージの途中で眠ってしまったのだ。

(本当に効くんだ…この『眠りのツボ』…)

(…マシなバカにしか効かないとか、サブ要素あったのかも)

あるいは、単に疲れていたのかもしれない。

遠出するのは、それなりにエネルギーを使うから。

(ま、でも楽しかったみたいだし)

正直なところ、「言葉を惜しまない」というのは難しい。

少なくとも、オレはそれが得意じゃない。

それでも、これからはもう少し伝える努力をしようと思うのだ。

今日、改めてオレが声をかけたとき、彼女は嬉しそうに笑ってくれたから。

(ま、少しずつ…かな)

(まずはデートの誘いくらいは、ちゃんと伝わるようにしないと)

ひとまず彼女を横たえようと、膝裏に手をまわす。

結衣

「ん…」

東雲

「!」

結衣

「教官とラブラブ…むにゃ…」

(なんの夢を見てるんだか…)

こぼれたのは、小さなため息。

口元は…まぁ、多少緩んでたかもしれない。

さらに彼女の背中に手をまわす。

あたたかな体温が、布越しに伝わってくる。

東雲

「……」

じわじわとこみ上げてくる「なにか」には、あえて気づかないふりをした。

だって、占いのとおりになるなんて冗談じゃない。

(『性欲に溺れる』とか…)

(ほんと、シャレにならないし)

とはいえ、そこまで聖人君子でも草食系でもないわけで。

つまり、ちょっとした拍子に、いろいろと思うことはあるわけで。

(たとえば、うなじが意外と白いって気づいたときとか…)

東雲

「……」

「…ま、キスはしてるし…」

起こさないように、身体を寄りかからせるようにして…

白いうなじに唇を落としてみる。

(ここなら髪の毛で隠れるし)

(薄くつけるくらいなら…すぐに消えるだろうし…)

唇を離すと、ほんのりと「赤」が残る。

その薄さが、なんだか却ってなまめかしい。

(なんか、これ…)

(ちょっと、いろいろと…)

さすがに危機感を覚えて、一度彼女を離そうとする。

それなのに彼女は「んっ」と声を洩らして、オレの肩に頭を寄せてきた。

(えっ…なに?)

(まさか起きてるの、この子!?)

結衣

「すぅ…すぅ…」

東雲

「……」

結衣

「すぅ…すぅ…」

(…やっぱり寝てるし)

本当なら、それでも引き離すべきなのだろう。

あるいは、一度起こして「ベッドに入りな」って…

(言うべき…なんだろうけど…)

かわりにオレは,もう一度うなじに唇を寄せる。

赤い痕に、引き寄せられるみたいに。

(ヤバい…なんでこんな…)

(中学生か、オレは…)

そうだ、たぶんオレはガキなのだ。

特に、彼女に対しては。

(カッコ悪…)

それでもたぶん止められない。

今、オレは、初めての一方通行じゃない恋に溺れている。

ただどうしようもなく、目の前の彼女に溺れている。

 

♡Happpy End♡