公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

24時間、東雲と一緒 2話

~7時55分~

 

大好きな人のお家にお泊まりした翌朝は、仲良く出勤ーー

なーんて夢を見ていた頃が、私にもありました。

でも、現実はーー

結衣

「う…」

「ぐぐぐぐぐ…」

(つ、つぶれる…)

(なんで、今日に限って女性専用車両が激混みなの!?)

しかも、私の立っている場所は、車両と車両を繋ぐ扉付近。

おかげで、さっきから扉に身体ごと押し付けられている状態だ。

(く、苦しい…)

(これ…隣の車両のほうが空いているんじゃ…)

実際、扉のガラス窓から見える隣車両は、ここまで激混みではない。

(絶対あっちのほうが空いてるってば!)

(それに、隣車両には歩さんが…)

結衣

「…っ」

(ダメダメ!)

(だからこそ、移動できないんだってば!)

 

あれは、歩さんの家から初めて出勤することになった日のこと。

結衣

『えっ、別々の車両に?』

東雲歩

『当然じゃん』

『どうするの。同じ車両に乗ってるのを見られて、あれこれ疑われたら』

『キミだよ、異動させられるのは』

結衣

『そ、それは…』

東雲歩

『この時間帯なら、「女性専用車両」にも乗れるし』

『都合いいじゃん。キミとしても』

 

(そうだ、私たちが付き合ってるのはバレちゃダメなんだ)

(これくらい、我慢して当然…)

車掌

『急停車します。ご注意ください』

女性たち

「「きゃああっ」」

突然のアナウンスも間に合わず、周囲の女性たちが一斉に倒れ込んできた。

結衣

「うぐ…っ」

(く、苦しい!)

(これじゃ、まるでつぶされたカエル状態…っ)

結衣

「…うん?」

(あのドア付近に立っているの…歩さん?)

(って、一緒にいるの…)

 

(女の人!?)

(しかも、腰に手をまわしているんですけど!!)

結衣

「な…っ、な…っ」

浮気者ーー!)

(じゃなくて!待って、落ちつこう、私)

(きっと、アレだ…さっきの急停止のせいだよ)

(そのせいで女性が倒れこんできて、歩さんはそれを受けとめただけ…)

すると、腰を支えられた女性が、歩さんに何か話しかけてきた。

(え…何であの体勢のまま、会話してるの?)

(離れるよね?ふつうは離れてから会話するよね?)

(って、笑顔!?)

(なんで?まさかデートに誘われてる?)

(「助けてくれたお礼にお茶でも…」「いいですね」とかなんとか?)

(ダメダメ!そんなの絶対にダメなんだから!)

結衣

「断れ~~」

(断れ~断れ~絶対に断れ~)

私の強い念が通じたのか。

歩さんが、ふとこっちに顔を向けた。

東雲歩

「!」

(やった、気がついた!)

(これで絶対に断ってくれるはず…)

(えっ、なに?その顔…)

(まさか…!)

歩さんは、おもむろにスマホを取り出した。

そして、窓ガラスにへばりついたままの私に向けて…

(撮った!?)

(今、絶対、私の写真を撮ったよね!?)

 

(ひどい!あのときの私、絶対ブサイクな顔をしてたのに!)

(こうなったら…)

私は、速足で追いかけると、あえて素知らぬ顔をして歩さんの隣に並んだ。

結衣

「おはようございます、東雲さん!」

東雲歩

「!」

結衣

「『偶然』ですね、同じ電車に乗っていたなんて」

東雲歩

「…そうだね、『偶然』だね」

表向きは笑顔を見せつつも、歩さんはすっと声を潜めてきた。

東雲歩

「なに、いきなり」

「なんのつもり?」

結衣

「それはこっちのセリフです」

「さっき、私のブサ顔、撮りましたよね?」

東雲歩

「ブサ顔?」

「ああ、コレのこと?」

スマホを素早く操作して、歩さんが見せてくれたのは…

(ちょ…っ)

結衣

「違います!」

「これ、初デートのときの写真じゃないですか!」

小声ながらも、精一杯の怒りをこめて抗議する。

けれども、歩さんは動じるどころかすました顔つきのままで…

東雲歩

「ああ、ごめん」

「『ブサ顔』っていうから、てっきりコレかと思って」

(ひどっ!)

(そりゃ、これもブサイクですけど!)

(思いきり、白目剥いてますけど!)

東雲歩

「…ああ、こっちね。キミが言ってるのは」

「ハイ、撮りたてホヤホヤ」

結衣

「!!!」

(あ、あんまりすぎる…!)

(想像以上のブサ顔なんですけど!)

結衣

「消してください」

「その写真、今すぐこの世界から抹消してください!」

東雲歩

「どうして?悪くないじゃん」

「今回、白目剥いてないし」

結衣

「それでもブサ顔はブサ顔です!」

「ていうか、もっとひどい顔してるじゃないですか!」

東雲歩

「まあ、そうだね」

結衣

「だったら…!」

東雲歩

「それでもキミだけど」

(…え)

東雲歩

「白目剥いていても」

「窓ガラスぬへばりついていても」

「キミはキミじゃん」

(歩さん…?)

東雲歩

「だから消さない」

「たとえ、どんなにブサイク顔だったとしても」

「オレにとっては大事な…」

「…ぷっ」

(…うん?)

東雲歩

「大事な…キミの……写し……」

「ぷ…くくく…」

(笑ってる!?)

(じゃあ、今の言葉は…)

結衣

「嘘だったんですか!?」

東雲歩

「ぷぷぷ…」

結衣

「ひどっ、やっぱり消してください!」

東雲歩

「無理。お断り」

結衣

「無理じゃありません!」

「白目のも、さっきのも、全消去で…っ」

「あ…っ」

スマホを奪おうとのばした指先が、画面に触れて横にズレた。

そのせいで、表示されていた画像が切り替わって…

(え、その写真…)

東雲歩

「!!」

「なにすんの、バカ!」

結衣

「す、すみません!でも今の…」

(私の寝顔だったような…?)

東雲歩

「うるさい」

(えっ、待って!)

結衣

「あゆ…」

「じゃなくて、東雲さん!」

東雲歩

「……」

結衣

「待ってください!まだ伺いたいことが…」

「ぶっ」

追いかけようとした私の目の前に、大きな背中が立ちはだかった。

(だ、誰!?邪魔したの…)

結衣

「!!!」

加賀兵吾

「…なんだ」

「なにか用か、クズ」

結衣

「い、いえ、何も…っ」

私が震えながら返答しているうちに、歩さんの背中はどんどん見えなくなる。

結局、事の真偽は、勤務時間外までお預けになりそうだった。