ラブスト―リーははカレから突然に♡ 東雲 3話
教官の運転するスクーターに乗ること1時間。
辿り着いたのは…
結衣
「ここ…都内ですか?」
東雲
「ぎりぎりね」
「それにしては見晴らしがいいでしょ」
「ついでに周辺も暗いから、ほら」
教官にうながされて、空を見上げる。
結衣
「うわぁ…」
東雲
「まぁ、すごいよね」
結衣
「はい!長野の空みたいです!」
東雲
「ふーん…」
「こんな感じなんだ、キミの故郷も」
話しているそばから、流れ星が夜空を横切っていく。
それこそ「大盤振る舞い」とでも言わんばかりにだ。
東雲
「願い事は?」
結衣
「します!次の流れ星で言います!」
(あっ、きた!)
結衣
「痩せますように!」
「立派な公安刑事になれますように!」
「教官とラブラブに…」
東雲
「長すぎ」
「消える前に言い終わらないと意味ないんじゃない?」
結衣
「本当はそうらしいですけど…」
「今日は特別です!」
「言い終わらなかった分は、きっと他の流れ星が拾ってくれます!」
東雲
「なにそのルール」
「初めて聞く…」
結衣
「ちょっと待ってください」
「痩せますように!公安刑事になれますように!」
「教官とラブラブになれますように!」
「…よしっ!」
東雲
「『よし』って…」
「寒すぎ」
結衣
「ええっ」
東雲
「寒いから、腕貸して」
教官はそう言うと、寄り添うように腕を組んでくる。
布越しにも関わらず、はっきり分かるほどその腕は冷たい。
結衣
「カイロ貸しましょうか?」
東雲
「いらない。キミで十分」
「それよりさ…」
「そんなに誘いにくい?オレって」
独り言のようにも聞こえるその問いに、私は驚いて隣を見た。
結衣
「どうしたんですか、いきなり」
東雲
「いきなりってわけじゃないけど」
「来る途中、けっこう考えてたし」
結衣
「……」
東雲
「キミ、言ってたから」
「オレのこと、『誘える雰囲気じゃなかった』って」
(あ…)
東雲
「そんなに誘いにくかった?」
「オレのこと」
結衣
「それは…」
<選択してください>
B:そんなことは…
結衣
「そ、そんなことは…」
東雲
「……」
結衣
「いちおう、その…付き合ってるわけだし」
「誘いにくいなんて、そんなこと…」
東雲
「そのわりに目を逸らしてるけど」
(うっ…)
思わず肩を揺らすと、組んでいた腕に力が込められた。
東雲
「誘ってよ」
結衣
「え…」
東雲
「誘いたいなら誘って」
「デートでもなんでも」
「これからいろいろあるわけだし」
結衣
「いろいろって…」
東雲
「ハロウィンとかクリスマスとか…」
「初詣とかバレンタインとか花見とか…」
「キミ、好きでしょ。そういうの」
結衣
「それは、まぁ…」
(たしかに好きだけど…)
結衣
「じゃあ、私が誘ったらOKしてくれますか?」
東雲
「気が向いたらね」
結衣
「ひどっ!」
東雲
「気が向くよ、たぶん」
「キミからの誘いだったら」
やっぱり独り言のような小さな声。
でも、こんな静かな場所で聞き逃すはずもなくて…
結衣
「じゃあ、絶対誘います」
「ハロウィンもクリスマスも…」
「初詣…はちょっと難しい気がするけど」
「その分、バレンタインデーでデートの計画をたてます!」
東雲
「…あっそう」
呟いた声に、笑うような気配が混じる。
そんなことに気づけるのも、きっとここが都心から離れた静かな場所だからだ。
東雲
「ま、期待しないで待っとく」
結衣
「ええっ、期待してくださいよ」
東雲
「どうだか…」
(えっ…)
結衣
「もう帰るんですか?」
東雲
「まさか」
「オレも願い事しようと思って」
(ああ、流れ星に…)
東雲
「『キスしたい』…の3乗」
結衣
「!」
東雲
「…これで叶うの?」
振り向いた教官が、意味ありげに笑っている。
まるで私に誘いかけるみたいに。
(教官…)
くすぐったいような、ムズムズするような。
そんな気持ちを感じながら、私は改めて教官の前に立つ。
東雲
「なに?」
結衣
「……」
東雲
「……」
結衣
「……」
少し背伸びをして、ゆっくりと顔を近付けた。
そっと唇をぶつけると、かすかに笑う気配がした。
東雲
「なるほど…あながち嘘じゃないんだ」
「流れ星に願い事、て」
教官の大きなてのひらが、私の左頬を優しく撫でる。
東雲
「じゃあさ」
「『もっとしたい』…の3乗は?」
結衣
「叶う…と思います」
東雲
「そう?じゃあ…」
今度は、教官が少し屈んでくれる。
私は手を伸ばすと、教官の首筋を引き寄せた。
さっきよりも深くて長い、とびきりの「もっと」をするために。
そんな諸々があったおかげで、帰りはどこか夢見心地だった。
(なんか今日の教官…いつもよりも優しいよね…)
(それに、いつもよりもいろいろ分かりやすい気がするし…)
(いつも以上にキスも…その…甘かったし…)
(今日は幸せな夢が見られそう…)
東雲
「ついたよ。下りて」
(え…)
東雲
「はい、鍵」
「先に入ってて」
「オレ、スクーター止めてくるから」
(…あれ?)
(なんで、教官の家?)
(今日って寮に帰るんじゃ…)
ガチャリ、とドアが開く音がして、思わず背筋を伸ばしてしまう。
東雲
「…なんで正座?」
「もっと寛げば?」
結衣
「は、はい…」
(そ、そうだよね。別に初めてここに来たわけじゃないし)
(そうだよ!きっといつものようにお茶してお喋りして…)
東雲
「シャワー先に浴びる?」
結衣
「!」
東雲
「パジャマは…オレのTシャツでいいか…」
結衣
「!!」
東雲
「じゃあ、これ」
「着替えとバスタオル」
当たり前のように差し出されたものを、私は恐る恐る受け取った。
(これって、まさか…)
東雲
「ああ、そう言えばさ」
「鳴子ちゃんの占いで『悪魔』のカードが出てたみたいだけど」
結衣
「あ、はい…」
東雲
「キミ、知ってた?」
「タロットの『悪魔』のカードの意味」
「『性欲に溺れる』だって」
(えっ!?)
東雲
「なんか意味深だよね」
<選択してください>
B:いえ、そんなことは…
結衣
「い、いえ…そんなことは…」
(むしろ、今の教官の笑顔のほうがよっぽど意味深…)
東雲
「…ふーん」
「悪くないね、その顔」
結衣
「えっ」
後退った私を見て、教官はますます意味ありげに笑う。
東雲
「じゃあ、オレが先に浴びてこようかな」
「キミはそのあとね」
結衣
「は、はい…」
バスルームのドアが音をたてて閉まる。
私は、手渡されたばかりの着替えとタオルを、ついまじまじと見てしまった。
(これって、やっぱりそういうこと?)
(でも、『卒業するまでしない』って言ってたよね?)
(でもでも!熱を出したとき、服を脱がされかけて…)
結衣
「……」
(お、落ちつこう。そんなはずない…)
(絶対にからかわれてるだけだってば!)
(そうだよ、あの教官に限って!)
(散々、私に『性的興奮を感じない』って言ってた教官に限って…!)
結衣
「と、とりあえず深呼吸…」
「すー…はー…すー…はー…」
それでも念入りにシャワーを浴びること1時間。
恐る恐る、寝室のドアを開けると…
東雲
「遅い」
「なんでシャワーに1時間8分?」
結衣
「そ、それはその…」
「私、わりと長風呂で…」
東雲
「ふーん…」
「…ま、いいか。早くこっちに来て」
結衣
「は、はいっ」
心臓がうるさいくらいに音をたてている。
それでも私は、ベッドに腰掛けている教官に近づいていく。
東雲
「はい、ここ座って」
結衣
「……」
東雲
「まず、これタオルね」
結衣
「タ、タオル!?」
(いきなりタオルなんて…!そんなのハードすぎるよ!!)
結衣
「ま、待ってください、教官」
「これは『初めて』にしては、ちょっとハードルが高いっていうか…」
東雲
「強さはそこそこでいいや」
「もみ返しとか困るし」
結衣
「そうですよ、私だって困…ん?」
東雲
「肩と腰とふくらはぎ」
「あと腕も重点的に揉んで」
「じゃあ、よろしく」
(えっ、『よろしく』って…)
呆気にとられる私の前で、教官はベッドにうつぶせになった。
東雲
「あーやっぱり無理」
「スクーターで遠出なんて」
結衣
「……」
東雲
「肩凝るし、疲れるし」
「髪の毛も跳ねるし」
(やっぱりそこは気になるんだ…)
(って、そうじゃなくて!)
結衣
「あの…今、私がここにいる理由って…」
東雲
「え、1つしかないでしょ」
「早くマッサージして」
結衣
「……」
(…知ってた)
(教官、こういう人だって知ってたけど…!)
私は無言で教官の腰の上に乗ると、全体重をかけて肩甲骨を押した。
東雲
「ちょ…苦しっ」
結衣
「……」
東雲
「苦しいっ…苦しいって!」
結衣
「知りません、もうっ!」
「えいっ!えいっ!」
(教官のバカ、悪魔…っ!)
(もう二度と勘違いなんかするもんかーっ!)
そして週明け。
鳴子
「それでさ。頂上はめちゃくちゃ混んでたんだけど…」
「流星群は、ほんときれいでさー」
「頑張って登山したかいがあったよー」
結衣
「そっか…」
(いいなぁ、鳴子たち…楽しかったんだ)
(まぁ、私も楽しかったけど)
(お泊まりの理由に、いろいろ言いたいことがあるだけで)
結局、マッサージとその「お返し」で終わった金曜日の夜を思い出す。
(べつに、しないならしないで全然構わないんだけど…)
(ああいう意味深なの、やめてほしいっていうか)
(あと90分間のドキドキを返してほしいっていうか!)
鳴子
「あ、流星群って言えばさ」
「うちの教官たちも来てたんだよね」
結衣
「えっ、山の頂上に?」
鳴子
「うん。それも石神教官と加賀教官と難波室長…」
「頂上の隅っこのほうで、3人でかたまっててさ」
結衣
「それは…シュールだね…」
鳴子
「うん…なんであの3人なのかも謎だし」
結衣
「任務だったりして」
鳴子
「それ、ありえそうなとこが怖いよねー」
「って、ちょっと、結衣」
結衣
「ん?」
鳴子
「首の後ろ!キスマーク!」
(キスマーク?)
鳴子
「やだなぁ、もう」
「もしかして『悪魔』な彼と…」
結衣
「違う違う。たぶん虫さされだよ」
鳴子
「えっ」
結衣
「キスマークとかありえないから!」
鳴子
「え、そ…そうなの?」
「でも、どう見てもキスマーク…」
すると、誰かが更衣室のドアをノックした。
鳴子
「はい」
東雲
「東雲だけど、青山さんいる?」
結衣
「います。今、行きます」
「じゃあ私、先に行ってるね」
鳴子
「うん」
更衣室を出ると、教官が壁に寄りかかって待っていた。
結衣
「おつかれさまです」
東雲
「おつかれさま」
「週末はどうも」
結衣
「…こちらこそ」
「それで用件は…」
東雲
「先日の資料の返却をしておいて」
「今日中でいいから」
結衣
「わかりました」
東雲
「それと…」
なぜか、いきなりシャツの衿を引っ張られる。
東雲
「ああ…まだ残ってるんだ」
「失敗したな」
(え…?)
東雲
「じゃあ、あとはよろしく」
(え…ええっ?失敗って…!)
結衣
「教官、今の…っ」
思わず首の後ろに、パシッと手を当てる。
結衣
「今の、どういう意味ですか!?」
私は、慌てて教官を追いかけた。
やっぱり意味深な彼の言葉を問いただすために。
♡Happy End♡