公安学校の日記

恋人は公安刑事が大好きです。

ラブストリーはカレから突然に♡ 東雲 1話

東雲

「結衣…」

教官の肉付きの薄い手が、私の頬を包みこむ。

東雲

「好きだよ、結衣…」

(教官…)

東雲

「こーら…」

「今、『教官』って呼ぼうとしただろ」

(あ…)

東雲

「ほら、ちゃんと呼んでごらん。この間、教えたみたいに」

「いい子だから」

(じゃあ…)

結衣

「し…東雲さぁ…」

 

ガタガタガタンッ!

結衣

「痛ぁっ!」

腰を押さえながら、私はのろのろと立ち上がる。

どうやら課題を解いている途中でウトウトして、椅子から転がり落ちたらしい。

(それにしても、ヘンな夢みちゃったな)

(まさか…欲求不満?)

(…いやいや、そんなことは…)

おおきなあくびを1つして、時刻を確認する。

(20時を過ぎたばかりか…ちょっと休憩してこよう)

(談話ルーム、誰かいるかな)

 

ドアを開けると、賑やかな声が聞こえてくる。

千葉

「だから俺はもういいって」

鳴子

「まあまあ、遠慮しないで」

(鳴子と千葉さんだ。なにしてるんだろ…)

千葉

「あっ、青山!青山を占ったらどう?」

鳴子

「ほんとだ!結衣、ちょっと来て」

手招きされて、鳴子たちのもとに行く。

テーブルの上には、なにやら怪しいカードが並べられていて…

結衣

「どうしたの、これ」

鳴子

「タロットカードだよ」

「やっぱり女は占いでしょ!」

千葉

「青山、占ってほしいことあるよな?」

結衣

「えっ、特には…」

千葉

「そう言わないで。俺、もう3日も犠牲になってるんだから」

鳴子

「犠牲ってなによ」

「私の占い、当たってたでしょ?」

千葉

「そ、それは、まぁ…」

「女難の相が出てるっていうのは、当たってるかもだけど…」

鳴子

「よし、今日は結衣を占ってあげる」

「なにを聞きたい?」

結衣

「えっ、じゃあ今度の小テストの成績…」

鳴子

「そういうつまんないものはいいの!」

「女が知りたいのは『恋』!恋のことでしょ!」

結衣

「えっ!?」

(もちろん、知りたいには知りたいけど)

(でも、教官とお付き合いしてることはナイショで…)

結衣

「や、そういうのはちょっと…」

鳴子

「はいはい、遠慮しない」

「まずは結衣の『理想の男性』ね」

結衣

「ちょ…鳴子っ」

鳴子

「はい、カードオープン…」

「あ…」

(な、なんか不気味なカードが…)

結衣

「あの…このカードは…」

鳴子

「えっと…『悪魔』のカードだって」

結衣

「悪魔!?」

千葉

「それって、青山は『悪魔』みたいな人が好きってこと?」

結衣

「そ、そんなはずないよ!」

「私が好きなのは、優しくて優しくて、すごーく優しい…」

東雲

「ああ、いたいた。青山さん」

(出たっ!)

結衣

「お、おつかれさまです…」

東雲

「おつかれさま」

「急で悪いんだけど、お遣いに行ってきてくれない?」

「『幻のピーチネクターソーダ』…デパート限定商品だって」

結衣

「えっ、でももう20時過ぎてて…」

東雲

「閉店は21時だから」

「じゃあ、よろしく」

(『悪魔』だ…)

(本当に『悪魔』だ、この人…)

 

閉店間際のデパートで何とかお遣いを済ませて帰路につく。

ついため息がこぼれてしまったのは、少し前に見た夢を思い出したからだ。

(そうだよね、所詮これが現実だよね)

(この間、ようやく『好き』って言ってもらえたばかりだし)

(キスより先は、その…卒業してからって言ってたし…)

 

結衣

「失礼します」

「頼まれていたものを買ってきました」

東雲

「あっそう。ありがと」

結衣

「……」

東雲

「いいよ、戻って」

(えっ、もう?)

(ここに来てから1分も経っていないのに?)

たまりかねた私は、教官に1歩分詰め寄った。

結衣

「あのっ、質問があります」

東雲

「なに?」

<選択してください>

B:私のこと好き?

結衣

「私のこと、好きですか?」

東雲

「……」

結衣

「好きですよね?いちおう好きですよね?」

東雲

「言わないとダメ?」

(えっ)

東雲

「この間も言ったばかりなのに…」

「そういうの、なんだか恥ずかしい…」

結衣

「きょ、教官!?」

(なにこれ、夢?天変地異!?それとも…)

東雲

「…これで満足?」

結衣

「えっ」

東雲

「これくらいで我慢してよ」

「サービスしてあげたんだから」

(アクターかっ!)

(それにしても、なんたる演技力…)

東雲

「質問はそれだけ?」

「だったら早く談話ルームに戻れば?」

結衣

「で、でも…」

東雲

「キミは仲間思いだよね?」

「早く戻って千葉を助けてあげた方がいいと思うけど」

(千葉さんを?)

 

再び談話ルームに戻ると、千葉さんの悲しげな声が聞こえてきた。

千葉

「いや、ほんとにもういいから!」

「占ってもらうこと、なにもないから!」

鳴子

「まあまあ、そう遠慮しないで」

「秘密厳守するから」

(なるほど、こういうこと…)

鳴子

「あっ、結衣!お遣い終わったの?」

結衣

「う、うん、まぁ…」

鳴子

「そっか、じゃあ」

「占いの続きやろっか」

(うっ、やっぱり…)

結衣

「いや、あの…」

「私もさっきので十分…」

鳴子

「なんで?『悪魔』な彼との将来、占ってあげるよ」

結衣

「そ、それはちょっと遠慮したいっていうか…」

(何気にいろいろ当たりそうで怖いっていうか…)

千葉

「お、俺も気になるから占ってもらったらどう?」

結衣

「千葉さんまで!」

(ていうか、何で千葉さんが?)

莉子

「あら、タロット占い?」

(ああっ、救世主が!)

鳴子

「おつかれさまです。実は最近ハマってるんです」

「良かったら莉子さんのことも占いますよ」

莉子

「じゃあ、お願いしようかしら」

「私の運命の相手が、今どこにいるのか」

鳴子

「了解です!では、カードをシャッフルして…」

「あ、『星』のカードが出ました!」

莉子

「『星』…空の上にいるってこと?」

千葉

「星に関係する場所も考えられますよね」

プラネタリウム特にか天文台とか…」

莉子

「そう言えば、今度流星群が見られるわよね」

「たしか来週の金曜日だったかしら」

(流星群か…)

(長野にいたころは、友達と近くの山に登って見たなぁ)

(それで、いろんなお願いごとをしたりして)

ふと、頭をよぎったのは、「大好きな彼」」のこと。

(できれば、今回は東雲教官と観に行きたいな)

(もし教官を誘ったら…)

 

東雲

「流星群?」

「いいよ、一緒に行こう」

「オレもキミを誘いたかったんだ」

結衣

「ほんとですか?」

東雲

「もちろん。そのかわり…」

「一晩中、キミを帰さないつもりだけど」

結衣

「えっ」

 

(あれ、いつのまにかベッドルームに…)

東雲

「結衣…」

結衣

「!?」

東雲

「流星群よりキミを見ていたい…」

「キミだけを…」

(えっ…ちょ…っ)

 

結衣

「!!」

(な、なに考えてるの、私!やっぱり欲求不満!?)

(いやいや、そんなはずは…)

結衣

「やりなおし、やりなおし…」

(もし、教官を誘ったら…)

 

東雲

「流星群?こんな寒い時期に?」

「はぁ…仕方ないな」

「カワイイカノジ、ノタメダシネ」

「じゃあ、これ、地図ね」

「ひとまず現地集合で」

 

(あるある…これならありえる…)

(一部ありえないぐらい棒読みだったけど、まだありえる…)

 

結衣

「さ、寒い…現地集合、寒すぎる…」

「教官、まだ来ないのかな…」

「と、とりあえず電話を…」

Trrrrrr…Trrrrr…

東雲

『はい』

結衣

「おつかれさまです…教官、今どこに…」

東雲

『家だけど』

結衣

「ええっ、流星群は…」

東雲

『え、キミ…本当に行ったの?』

『ありえないでしょ』

結衣

「……」

 

(…違う!)

(いくら『悪魔』でもここまでひどくないってば!)

(………たぶん)

結衣

「もう少しありえどうな妄想を…」

 

東雲

「…流星群?寒いし無理」

結衣

「そう言わずに…」

東雲

「えー、じゃあ…」

「この中の1つでも、キミがクリアできたら考えてあげる」

「1つめ…後藤さんのファーストキスの話を聞き出すこと」

「2つめ。石神さんの甘酸っぱい初恋の話を聞き出すこと」

「3つめ。兵吾さんの初体験の話を…」

 

結衣

「って、お前はかぐや姫かーっ!」

3人

「……」

(あ、しまった…)

莉子

「どうしたの、さっきから1人でぶつぶつと…」

千葉

「具合でも悪いとか?」

鳴子

「恋わずらい?」

「恋わずたいでしょ?」

結衣

「いや、えっと…あはは…」

(ていうか、3パターンも妄想しておいて…)

(どれも流星群を観られてないんですけど…)

(妄想でも?妄想でも無理なの?)

 

結衣

「はぁぁ…」

(まいったな。妄想ですらうまくいかないなんて)

(でもなぁ…流星群、教官と観たいんだけどなぁ…)

東雲

「おつかれ。今日の課題は解けた?」

結衣

「はい。確認おねがいします」

東雲

「うん…」

「……」

「…悪くない。及第点」

「今、チェックしたところ、明日までに再提出で」

結衣

「解りました」

(チェックは…2ヶ所か)

(これなら今晩寝る前になんとか終わりそう)

東雲

「…違うか」

結衣

「えっ」

東雲

「いや、こっちの話」

そのわりに、教官はじーっと私の顔を見つめてくる。

結衣

「あの…なにか?」

東雲

「……」

結衣

「…教官?」

東雲

「キミってさ」

「いつまでオレのこと『教官』って呼ぶつもり」

(えっ…)

東雲

「ふつう変えない?」

「『歩さん』とか、せめて『東雲さん』とか」

結衣

「そ、それは…」

東雲

「呼べなくはないよね?」

「一度頑張ったこともあるし」

教官の人差し指が、つーっと滑るように私の唇を撫でる。

結衣

「な…なにをいきなり…」

結衣

「呼んでみて」

結衣

「…っ」

東雲

「ほら、ちゃんと呼べって」

「青山結衣…」

さらにジーッと見つめられて、私は…

<選択してください>

B:歩さん

結衣

「あ、あゆ…」

東雲

「……」

結衣

「あゆ…む…さん…」

東雲

「…もういい」

「キミ、赤くなりすぎ」

(そ、そういう教官だって耳が真っ赤…!)

東雲

「ま、しばらくは『教官』のままでいいか」

「キミ、公私で使い分けとかできなさそうだし」

結衣

「すみません…自分でもそう思います」

東雲

「じゃあ、卒業までに考えといて」

「オレのこと、なんて呼ぶのか」

教官の眼差しに、ドキリとする。

だって、いつになく甘い気がして…

(今なら誘えるかも…流星群のこと…)

(よし、じゃあ…)

結衣

「あの…っ」

東雲

「ああ、ところでさ」

教官はファイルに手を伸ばすと、その中から回答用紙を1枚取り出した。

東雲

「これに見覚えは?」

結衣

「えっと…あります」

「たぶん、昨日、颯馬教官の講義でやった小テストの…」

東雲

「そう、その解答用紙のコピー」

「ついさっき、颯馬さんがわざわざ見せてくれたんだよね」

「『残念でしたね』って」

結衣

「残念…?」

東雲

「ズレてるんだって」

「回答欄が、途中から1つずつ」

結衣

「ええっ」

(うそ、なんでそんなミス…)

あ然とする私に、教官はぐいっと顔を近づけてくる。

東雲

「ほんとさ、キミっていろいろ残念だよね」

結衣

「すみません!」

東雲

「それとも逆走中?」

「『マシなバカ』から『ただのバカ』に戻ったの?」

結衣

「すみません、すみません、すみません…っ」

結局、こんな状況下で流星群のことなんか言えるはずもなく…

 

結衣

「はぁぁ…」

(もういいや…流星群のことはあきらめよう)

(それより次の小テストをどうにかしなくちゃ)

(ちょうど来週の金曜日だし)

こうして、私のささやかな目論見は星くずのごとく砕け散ったのだった。

to be continued